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そうだよ! こんなところに空間があることが不自然だと気づくべきだったんだ。
プレハブの西側にはちょうど一棟分のスペースが空けられている。ここに近づいた時の幼女の脅えypうも異常だった。僕が脚立を探していると、鈴木・佐藤の両名が戻ってきた。
「見つかったんですか?」
「まだだけど……、ホイストは動かせる?」
「あっ――」
僕の視線から思惑を察した鈴木君が操作盤に走る。脚立はプレハブの裏側に立てかけてあった。
トロリが回ってホイストが動き始める。屋根に登った僕はプレハブの真上まで誘導した。
「ストップ! そこでダウンだ」
「了解っ!」
フックブロックが下降を始める。ワイヤーをフックブロックに通せる位置まで下ろして再びアップを指示する。ワイヤーがピンと張ったところで、僕はプレハブから降りた。
「アップ、アップ、アップ、ストップ!」
ホイストを巻き上げるとプレハブはグラグラ揺れながら上昇する。基礎のブロックがバタバタと倒れていくが構っちゃいられない。
「そのまま5メートルほど戻してくれるかい」
かつてプレハブがあった場所に1メートル四方の引き上げ式ドアがあらわれていた。
「こんなところに……」
佐藤君が僕の隣に来て言った。
引き上げ式のドアは施錠されておらず、倒れていたフックを起こして引っ張るのだがビクともしない。密着度の高いゴムパッキンが周囲に張り巡らされており、それがドアの重さを倍加させていた。
「ホイストで吊りますか?」
操作盤の前で鈴木君が声を上げる。
「大丈夫……だと思う」
「これを」
佐藤君に渡されたバールをハンドルに突っ込んでこじると、シュパン! と景気のいい音と共にドアが数センチ持ち上がった。再び馴染んでしまわぬよう、僕は転がっていた木片を挿し入れた。いよいよだ。鬼が出るか蛇が出るか――。勿論、元気な姿の津野さんが出てくるのが一番好ましい。
鈴木君の手を借りてドアを反対側に倒す。途端に猛烈な臭気が立ちのぼってきて、僕は思わず手で鼻を覆う。一目見た途端、二度と直視する気にはなれなかった。津野さんの顔はテレビのニュースで見たきりでハッキリとは覚えてないが、この倉庫に連れ込まれ出てきてないのなら、倉庫の地下に横たわる変わり果てた肉体が彼のものである可能性は限りなく高い。しかも、そこにあったのは一体きりではなかった。
数体の白骨化した遺体は背広姿だったりスポーツウェアを着ていたりした。この残像は、後に僕の安眠を何度か妨げてくれることになる。
「警察を呼ぼう!」
「どうやってここにたどり着いたかを説明できますか? 普通に考えれば我々は、住居不法侵入罪に問われるんです。団体職員である神内さんも不味いことになるのではありませんか?」
死体の山を眼にしても佐藤君は冷静だった。
「だけど……」
「ちゃんと通報はします。ただし、それは我々がここを去ってからです」
「それまで津野さんをあのままにしとくのかい? あんな場所で」
「死体は文句なんか言いませんよ」
鈴木君が言った。
「そういうことじゃなくってね――」
「じゃあ、どういうことなんです?」
彼のように恵まれた容姿の持ち主は、時に思い遣りに欠けた発言もするが、それは感情の機微に疎いが故のことらしく悪意は感じられなかった。
「わかってもらえませんか。今回は真下のたっての頼みだったので協力しましたが、これは我々の本来の使命ではないのです」
佐藤君の役人のような口ぶりに、僕は違和感を覚えた。
「迎えがきたようです」
いつの間にか知世は入口のところに移動しており、こちらを気遣わしげな顔で見ている。
「わかった。じゃあ、通報はよろしく」
僕は電導シャッターのスイッチを探して〝開〟を押した。そうしておくことで、幾らかでも津野さんの発見が早まるように。
静まり返った夜の埠頭に、シャッターの上がる油の切れたような音が響いていた。