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 木箱から出されても、幼女は身じろぎもせず虚空を見つめている。

「もう大丈夫よ、パパはどこ?」

 幼女の肩に知世が手を置いた。微かに小さな身体を震わせるが言葉は発しない。 

「ひどいショックを受けているみたい」

「聞き出せそうか?」と佐藤君。

「やってみる、少し時間をちょうだい」

「あいつらが意識を取り戻すと面倒だな――。神内さん、手伝ってもらえませんか」

 鈴木君について行った先は梱包作業場だった。

「足を持ってください」

「えっ、どうするの?」

「こいつらにも箱詰めにされる恐怖を知ってもらおうじゃないですか」

 鈴木君は、その爽やかな笑顔に不釣合いな提案をしてきた。

「なにも、そこまで……。ひっ」

 僕が躊躇っていると、鈴木君は梱包済みの木箱にバールを叩きつけた。バキッと音がして木枠が剥がれると、なかからドサドサとビニールの包みが落ちてくる。そのひとつを掴んで鈴木君が言った。

「これがなんだかわかりますか?」

 煉瓦大の茶色い固形物が包装されていた。

「さあ……、石鹸かな?」

「ハシシです」

「橋氏?」

 懐メロ番組に出てくる歌手を真似たお笑い芸人の顔が浮かんだ。

〔大麻だよ、それを樹脂状に固めたものがハシシと呼ばれる。アメリカでは幾つかの州で合法化されているが、これに手を出すことがドラッグ漬けへの第一歩だってことがわかってない〕

 ――ほう。

「ドラッグによる汚染は当人だけにとどまらない。破壊された遺伝子が生まれてくる子どもにどんな先天性障害をもたらすかわかりますか? こんなものを輸出しようとする奴らです。殺されないだけでも有り難く思えっ!」

 鈴木君は倒れていたひとりを蹴りつけた。僕は鈴木君の気が変わらぬうちに人間の箱詰めを手伝うことにした。

 脱力しきった人体というのは意外に重いものだ。詰め込む、蓋をする、佐藤君が電動ネイラで打ち付けていく。僕が帯鉄(鉄製のバンド)を巻くと、鈴木君が自動結束機でそれを締め上げて完成だ。

 空箱はみっつしかない。最後のひとつには三人を詰め込んだので窮屈かな、とも思ったが、オーシャンズ11ではボストンバッグに入れてしまう中国人がいた。きっと、彼らも大丈夫だろう。

「この子の記憶には〝プレハブ〟が強く埋め込まれている」

 梱包作業を終え一息ついていると、幼女を抱いた知世がやってきて言った。

「なかでは見かけなかったが……。もう一度、探してみよう」

 作業台を飛び降りた鈴木君は小走りにプレハブに向かう。佐藤君も後を追った。

「やはりいない。父親だけどこかへ移送された可能性は?」

ドアから半身を覗かせて鈴木君が言った。

 知世がプレハブに行こうとすると、虚脱状態だった幼女が火のついたように泣き叫ぶ。

「待って」

 知世は立ち止まって言った。

「お願い」

 すすり泣く幼女を梱包作業場の前にいた僕に託すと、知世は左手の指を自分の耳の後ろにあてた。

「この二日間、荷積はされてないと〝彼〟が言っている」

「手分けして探そう、おいっ」

 鈴木君の合図で佐藤君が入口方面に走った。

「いない……。なぜ?」

 倉庫内を見回して知世が不安気な表情を浮かべる。

〔知世に見つけられないとなると――〕

 ――なんだよ。

〔最悪の事態も想定にいれておくべきだろうな〕

 ――まだ、わかるもんか!

 母親を亡くしたばかりの三歳の女の子だ。その上、父親まで失うような目には遭わせられない。

「頼むよ」

 幼女を知世に返し、僕も捜索に加わった。

 空パレットが積み上げられたところにもひとを隠せるようなスペースはない。倉庫の天井に張り巡らされたメッシュのウォークウェイやプラットフォームにも目を配るが、人影らしきものは見当たらない。なにせ表向きは倉庫なのだ。部屋らしきものと言えば、あのプレハブだけ。視線を下げた僕はワイヤーがかけられたままの屋根に眼をとめた。

 そうか!

 僕はプレハブに駆け寄った。基礎に置かれたコンクリートブロックにズレた形跡があり、見上げるとホイストのレールは真上を通っている。動力電源はプレハブのすぐ隣にあった。レバーを押し上げると、静音タイプのコンプレッサーが起動して、動力線の通電を知らせてきた。


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