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だめだ、殺される――ぎゅっと眼を閉じた刹那、あの視界が開け、頭がかっと熱くなった。
――なにをしようとしているんだ?
〔僕じゃない! これは……〕2ちゃんねるは否定した。〔ADSじゃないのか〕
大量の電磁波が拳銃を構えた男に降り注いでいく。男は拳銃を取り落とし、苦しそうに身悶えを始めた。
「别闹了―!」
「なにが起きてるの?」
知世が肩を並べてきた。
「僕にも……わからない」
電磁波の洪水から逃れようと床を転げまわって苦しんでいた男は、やがて意識を失ったようで動かなくなった。
――さっき言ったADSってのは、なんなんだ?
〔ADS、アクティブ・ディアイサル・システムといってアメリカで開発中の暴徒鎮圧用の電磁波照射のことだ。標的となった人間は、皮膚下の水分子が一気に50℃まで熱せられる。結果、激しい痛みに襲われ照射範囲から逃げ惑うことになる。僕たちにこれをやった認識がないとすれば――どうやら生存本能まで顕在化しちゃったみたいだな〕
この上、そんなのまでが僕の身体を勝手に使おうというのか――。主体性に乏しく優柔不断な僕ではあるが、これ以上、賑やかになるのは勘弁して欲しい。
「新手がいたんですね。すみません、あっちに手間取ってしまって。銃声が聞こえましたが怪我はありませんか?」
背後で鈴木君の声がした。スタスタと倒れている男に歩み寄ると首筋に指をあてた。
「これは神内さんが?」
僕にはなんとも答えられなかった。
「そうだっ! 佐藤君が撃たれて――」
「僕なら大丈夫です」
木箱軍の向こうから佐藤君が姿をあらわす。銃弾は肩口をかすめていたらしく、彼の作業衣は左鎖骨付近がぐっしょりと濡れていた。
「おまえは悪運だけは強いんだよな。さあ、津野さんを出してやろう、真下はこいつらを頼む。プレハブの前に三人、梱包作業場にふたり転がっている」
鈴木君は、倒れている男たちを結束バンドで縛り上げながらそう言った。
「わかったわ」
今夜はもう刺激に食傷していた。この上、箱を開けて出てくるのが父娘のむごたらしい姿だったとしたら――。僕は知世の傍にいることにした。
「こっ、殺しちゃうのか!」
知世が拳銃を持っていた男の頭を両手で包むと、男の身体は激しく痙攣し始めた。
「いいえ、癲癇をおこしてもらうだけ。グルタミン酸を多く放出してやっているの。それと海馬も操作して一連の出来事を無視してもいい記憶に置き換えている。あたしたちにひとは殺せない」
No Guns No killingか――。バットマンのように崇高な精神だ。
〔おかしくはないか? 脳波や記憶の操作ができるのなら、各国首脳の側近にでも化けて近づき、奴らを操って正しい社会に作り変えてしまえば手っ取り早いだろう〕
2ちゃんねるが言った。
――佐藤君は、〝自分には意識の操作はできない〟と言ってた。これができるのは知世だけなのかもしれないじゃないか。
知世が『各国首脳意識操作ツアー』にでも出掛けた日には、僕は寂しくて堪らない。
〔とにかく、訊いてみてくれ〕
2ちゃんねるの疑問そのままを知世にぶつけてみる。彼女はいま、梱包医作業場の前で六人目の頭を挟んでいた。
「意識の操作はあくまで一時的なものよ。欲望を捨て去ることができない限り、ひとは何度でも同じ過ちを繰り返す。歴史を見れば明白でしょう」
知世は、往生際の悪い海老のようにビクビクしている男から顔を上げずに言った。
――だってさ。
2ちゃんねるは無言だった。
「来てくれ」
佐藤君が立っていた。木枠をひっ剥がすギイギイという音は止んでいた。父娘が無事で発見されたという報告でないことは、彼の顔を見ればわかる。
「少し待って」
知世は手早く七人目の処置にかかった。




