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 あれは佐藤君が木箱を落とした音だったのか、いつの間にあんな所に……。

 いま、彼は、身体を低くしてクルーザーから持ってきたバッグを探っている。やけに銃身の太い拳銃のようなものを取り出すと、木箱の上を声のするプレハブのほうに移動を始めた。

「僕たちはどうすれば?」

「ここで待ちましょう」

 僕は自分の役割について考えた。生体認証スキャナの操作はできないし、戦闘のプロでもない。佐藤君のように武器も持ってない。倉庫内に動力線は通っているので電磁気力はそこそこ集められるが、コンクリートの床に穴をあけられるほどでもない。

「そうだね」

 ここはひとつ知世の意見に従っておこう。

 しばらくすると、怒声と足音、それにくぐもった音が入り乱れて聞こえてきた。戦闘が始まったみたいだ。客の入れ替えを待つシアターで、洩れ聞こえてくる映画の音声のように、想像ばかりが掻き立てられる。

 これは現実? それとも――。ワンダーランドではアヴリルが唄いアン・ハサウェイの真っ白な顔が蒼白な知世の横顔とオーバーラップしていた。

「彼はなんで鈴木君に手を貸さないの?」

 佐藤君は依然として木箱にもたれたままだ。血を見るのは大の苦手だが、相手は五人、威嚇射撃の援護くらいしても良さそうに思えた。

「佐藤が持っているのはスタンガンみたいなものなの。知ってる?」

〔自作のテーザー銃か――。有効射程は短いし、連射も効かない〕

 ――そうなんだ。僕は2ちゃんねるの解説に頷いた。

「鈴木は常にひとりの敵と対峙するようにポジションを取る術を知っているし、彼の正確な当て身は一瞬で相手の意識を刈り取る。例え、刃物を持った相手でもね。心配ないわ。既に三人倒しているみたい。佐藤はいざという時の備えなの」

「へーえ」

「こっちへ」

 緊張を解きかけた僕の手を引いて知世が言った。近づいてくる靴音が鈴木君のものではないと踏んだらしい。

 鈴木君が見張っていたプレハブからここまでは、直線距離で二十メートルはある。積み上げられた木箱が込み入った路地を形成しているため、すぐに靴音の主に見つかることもないだろうが、距離を取っておくに越したことはない。僕と知世は、入ってきた時より少し足早に出口を目指す。残り4~5メートルというところで鋼鉄製の扉がスーッと開いた。

 談笑しながら入ってきたふたりの男は、僕たちを見て凍りついたように足を止める。だが、それはほんの一瞬だった。ひとりはプレハブに向かって走り出し、もうひとりは持っていた手提げ袋から拳銃を抜き出して僕たちにつきつけてきた。

「你是谁!」

「なんですって?」

「おまえは誰だ、って言ったのよ」

 知世が通訳をしてくれた。

「艾雅ー!」

 左手で悲鳴が上がる。見ると、さきほど走り去った男が床に倒れ、全身を激しく痙攣させている。男の肩口には佐藤君が手にしたテーザー銃とやらからのケーブルが繋がっていた。スプレー缶を潰した時のようなプシュッという音がした。

「看起来像一个大鼠胃」

 銃を構えていた男は、なんのためらいもなく佐藤君を撃った。彼がどうなったのか、ここからでは見えない。

「我可以是一個小偷在警察、同屍體」

「警察でも泥棒でも構わない、死体になれば同じことだ」

 ひえー!

「鈴木君は?」

「苦戦してるみたい」

 舌は乾き掌が汗ばむ。極度の緊張が代謝の均衡まで乱していた。

 男はゆっくりと銃口を僕たちに戻す。社名が刺繍された作業衣は着ているが、その身のこなしは、ど素人の僕が見たって港湾労働者とは思えない。

「你說話或不說話!」

「話すのか話さないのかどっちだ、って言ってるわ」

 僕は腹を括った。いつまでも女のスカートの後ろに隠れてはいられない(臆病者の意)。それに今日の知世はパンツスーツだ。僕は知世を庇うようにして前に出た。

「誤解があるようです」

「你说什么?」

「日本語は通じないようね」

 僕は〝ニーハオ〟以外で唯一知っている中国語を口にする。

「我愛你」

 男は撃鉄を起こした。


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