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 とは言え、何百万ボルトの電圧と太陽の表面温度をも上回るという稲妻には興味がそそられる。間近で落雷を見たことのない僕は、わくわくして雷雲中の電位差が広がるのを待っていた。

 磁気、もとい、時期は満ちた。雷雲からステップトリーダ(先駆放電――雷雲から伸びる弱い光のアレだ)が伸びると、2ちゃんねるが作り上げたストリーマーに沿って海面からリターンストローク(先行放電)が立ち上がる。恍惚としてそれを見つめる2ちゃんねるから肉体の指揮権を強奪した僕は、船の周囲の分子密度を上げた。高電場で加速された電子は、空気分子に衝突、電子を吹き飛ばしてイオン化、次いで元の電子とともにさらに空気分子に衝突、イオン化、新しい電子の放出を繰り返した後に、空気を導電化するのだ。負の電荷でシールドを作らないと、僕たちまで稲妻に打たれる――Lightning could strike――ことになる。ちなみにこれは、映画『ジョー・ブラックをよろしく』のなかでアンソニー・ホプキンスが娘役のクレア・フォーラニに語った僕のお気に入りの台詞のひとつである。

 ステップトリーダがリターンストロークを迎えた途端、空気がビリビリと震え、耳を聾するばかりの轟音と共にダートリーダー(主雷撃)が落ちてくる。文字にすれば長いが、これはすべてほんの一瞬の出来事だった。

 さぞや大きな水しぶきが上がるものと思いきや、落雷のあった場所は海水が瞬時に蒸発してしまったようで、もくもくとした水蒸気に覆われている。三十メートル前方に落ちた稲妻は僕たちの乗るクルーザーを笹舟の如く揺らしていた。

「なにをしたの?」

 驚いて眼を見開いたのも束の間、知世は険しい表情で僕を追及してきた。よもやこれほどのものとは思ってなかった僕はと言えば、膝は震え、喉は乾き――。早い話が慌てふためいていた。

「いや……、あの……、ほら、雷をちょっとね」

「こんなことは絶対にやっちゃだめ!」

 ――見ろ! 叱られちゃったじゃないか!

〔見たか、あれを。僕たちはゼウスになったんだぞ〕

 自己陶酔に耽る2ちゃんねるは僕の苦情など聞いちゃいない。

「もう、しないよ」

 知世の眼は既に僕を見ておらず、キャビンに入ってなにやら話し込むイケメンふたりに向けられていた。

「手遅れかもしれない」

 しょげかえっていた僕は、その言葉の意味を深く考えようとしなかった。一瞬にして焼き魚になった数尾への哀悼くらいに思っていた。


 倉庫街に戻った僕たちは、少し離れた場所に車を停めて歩いた。

「度肝を抜かれましたよ」

「SF映画も真っ青の破壊力じゃないですか」

「いやぁ――」

 イケメンふたりの賛辞は、意気消沈していた『モテない君』を『勘違い君』に仕立て上げていく。

「アマレスをやってたんですって? ミッション・インポッシブルのトム・クルーズもハイスクール時代はそうだったみたいですね」

 顔の造作はかなり違うが、体術のエキスパートだという鈴木君にそう言われれば、悪い気はしない。〝俊哉もおだてりゃブルジュ・ハリーファに登る〟といったところだ。

 過去に於いて〝誰それに似てる〟と言われたことはあまりないが、僕の後頭部を見ていた亜美が、〝このへんがマット・デイモンに似てなくもないわね〟と言ったことはある。

 雷雲は去り、空が奏でるスネアドラムのオブリガートも止んでいた。昼間忙しく動き回っていたフォークリフトは随所に放置され、森閑とした倉庫群は一種異様な雰囲気に包まれていた。

いつしか僕は、目的の倉庫に向かう先頭に立っていた。

「気をつけて」

 僕の軽はずみな行いが原因だろうが、知世の機嫌が良くない。鬱いでいると言ったほうがいいのかもしれない。口数は少なく、イケメンズに向ける視線にも非難のようなものが感じられた。

「わかってますって」

 僕が安請け合いをする時は決まってその行動と意味を認知出来てない。すんなり開いた倉庫の扉を抜けて奥に進むと、老朽化した建物に不釣合いな頑丈な扉が僕たちの行方を遮る。押せども引けどもびくともしない。

 ははあ、引き戸ってオチだな? ドアの端に手を掛け一気に腕を振ったせいで、僕は右手中指の生爪を剥がしかけた。


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