04
これが妻帯者となり、三十路を過ぎ、不惑ともなれば、妙齢の女性とお近づきになるチャンスはどんどん減っていく。哀しいかな、僕には大人の男性の雰囲気が具わる可能性も自信もまったくない。しかしこれは僕、及び生涯『モテない君』としての人生を全うする気の毒なご同輩に限ってのことで、世の女性が『浮気をしない男性』を理想の伴侶として求めるのは不可能に近い。
そもそも男性の遺伝子には自分の子孫をたくさん残したいというプログラムが組み込まれており、それを生かすチャンスがあれば必ず生かしちゃうものなのだから。
うちの主人、若しくは彼に限って、とおっしゃる方は、ご主人が僕と同じ『モテない君』であると言い切ってるに等しい。さもなくば、ご主人の遺伝子に欠陥があるのかもしれない。意思の力でもって誘惑を遠ざけることのできる『モテない君』でない男性の存在は幻想でしかないのだ。
統計を数字の横暴だと信じて止まない僕ではあるが、こんな調査結果があるサイトに載っていた。
――浮気がバレ、そのまま離婚に至る確率は、美男美女の組み合わせでないほうが高い。
つまり、こいつなら浮気なんかしないだろう、と妥協して選んだ相手に浮気された時、自らの鑑識眼にまで裏切られたことに思考が麻痺し、話し合いを放棄してしまうのではないだろうか。
長々と語ってしまった。話を戻そう。
たまたま観に行こうとした映画が、職場で隣の席に座る亜美の観たかったもので、帰りにたまたまはいったレストランが亜美の好みに合っていい雰囲気になり、たまたま恋人と別れて寂しい思いをしていた亜美の心の隙間に潜り込むことのできた幸運を逃がしてなるものかと、先月、二十六歳の誕生日を迎えた亜美が呟いた「わたしもそろそろ結婚も考えなきゃ」をプロポーズの催促だと思い込んだ僕は、快諾だろうが渋々だろうが了解をもらってしまえばこっちのもの、と給料三ヶ月分をはたいて買った指輪まで用意していたのだった。
「結婚は焦っちゃだめ。特に、〝自分にはこのくらいが〟的妥協は、後に大きな後悔を残すものよ。結婚が種の保存のために重要な役割を担ってきたことは否定しない。でも、間違ったパートナーを選べば、進化に繋がる遺伝子の発現は阻害され、残された人生は、互いに妥協点を拾い集めるだけの味気ないものになってしまう。流行に踊らされた婚活なんかその最たるものでしょう。機械的だとは思わない?」
「……大きなお世話だよ」
経験則に照らすと、亜美を逃した僕に次の結婚のチャンスが回ってくるのは、三十路を迎えてからになる。
母は、早く孫の顔を見せろとうるさく、焦るなというのは無理な話なのだ。