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「ここでかい?」

「ええ、やってみて」

 昼休みに姿の見えなかった知世は、こんな場所を物色していたのか――。

 なにが建つのかわからないが、まだ基礎工事さえ終わってない造成地に僕はいた。業務が終了すると同時に、知世に「来て」と連れてこられたのがここだった。

 平民の気概しかないアーサー王にはトレーニングが必要だ。奥様のヒステリー程度では、電車を脱線さすことのできる連中から見れば蟷螂の斧以下でしかない。能力を完全にコントロールし、且つ、鍛え上げる必要がある。僕は知世にそう言い聞かされていた。

 五百坪はあろうかという造成地の南側には、静電気の宝庫とも言える新幹線が通っており、部屋でちまちま集めたものとは比べ物にならない。眼を凝らして見上げる軌道敷内は分子活動が活発で、文字通りビリビリと空気を震わせていた。

 美女の期待に満ちた瞳は、男という低俗な生き物に蛮勇を奮い起こさせる。いっちょう、大穴でもあけてやるか! 地殻には到達しない程度に――僕は愚かにもそんなことを考え、磁界の生成と静電気の回収にかかった。

 頭が熱くなっても悪寒を伴わないのは、それが体温調節中枢主導の熱発とは別、つまりプロスタグランジンE2 の作用によるものではないと考えれば納得がいく。切り替えた視界のなかで空間が凝縮していく。血液が沸騰するような感じがした。

 ――こんなもんでいいだろう。

 知世が注視するなか、僕は派手なボディアクションと共に地表に向かって力が働くよう磁界に電流を通す。ドラゴンボールの主人公にでもなったつもりで――。

 ボスッと音がしてモグラが顔を出せる程度の穴があいた。

「ふざけてるの?」

 知世のきれいな眉が中心に寄って逆八の字を描く。

「あ、あれ?」

 ――おいっ、どうなってんだよ! 僕は意識その2に苦情を申し立てる。

〔大きな力を求めるなら磁束密度を高め、流す電流も上げてやらないとダメだ。それくらい当たり前のことじゃないか。磁界を生成しておくから、もう一度、静電気を集めてこいよ〕

 高圧的でペタンディック(衒学的)に振舞うこいつを僕は、〝意識の2ちゃんねる〟と呼ぶことに決めた。

 ――そろそろ、いいんじゃないか?

 体毛と言う体毛がすべて逆立っていた僕は、さながら毛皮でこすったエボナイト棒、いや、電荷がプラスなだけにガラス棒か――。とにかく、これ以上、静電気を溜めこんだら自然発火していたと思う。

〔彼女の度肝を抜いてやろうじゃないか〕

 ――それにしてもまた、随分と念入りに……。

 テスラコイルもかくや、とばかり磁束を巻き上げた磁場が大気中に出現していた。モグラの穴がもうひとつあくだけだと格好悪いので、今度はボディアクションなしでやってみる。大型の油圧プレスが作動したような〝ズンッ〟と低い音がして、造成地の端にもうもうと土煙が上がる。やがて視界が開けると、そこには直径一メートルほどの縦坑が姿をあらわしていた。エッジはホールソーで穿たれたように切り立ち、なかから白い水蒸気が立ちのぼっている。

 僕達の周りには重力と電磁気力があり、僕は後者を操ることが――若葉マークながら――できるようになっていた。

「事故かあーっ!」

 現場事務所らしきプレハブから作業服姿の男性が飛び出してくる。僕たちは大急ぎでそこから逃げ出していた。


「ざっとあんなもんさ」

 駅に向かう道すがら、一言の賛辞もくれない知世に焦れた僕の発言だった。

「あんなって?」

「穴だよ、穴。底が見えないくらい深いのがあいたじゃないか」

 慌てて逃げ出したので穴の深さには誇張がある。

「そうね」

 数日前までの僕は、高校生にからかわれても言い返すことすらできない気弱な『モテない君』だった。それが掘削機もなしで、あれだけの大穴をあける能力を身に付けたのだから、もう少し褒めてくれてもいいではないか。知世の素っ気ない態度に、僕は口を尖らすという行為で不満を表明する。彼女は肩で息をつくという行動で〝呆れた〟を表明した後、足を止めて僕に向き直った。

「あなたにはあの程度で満足してもらう訳にはいかないの。瞬時に大気中の静電気をまとめ上げ、一気に増幅して解き放つくらいになってくれないと合格点はあげられない」

「無茶言わないでくれよ。カメハメ波だって蓄えるのには時間がかかるんだぜ。あ、元気玉のほうだっけ?」

 知世は怪訝そうに小首を傾げた。

「ドラゴンボールは知らなかった?」

「約束するわ。絶対にあなたをひとりにはさせない」

 カ・メハメハはハワイ語で〝孤独なひと〟を意味する。僕には彼女の勘違いが、とても嬉しく感じられていた。


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