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「ハープの起動と、発生時刻が一致していた」
超低周波が不定愁訴の原因となり、精密機械の作動を狂わすことはよく知られている。
「でも……、だって……」
同盟国じゃないか、そう信じていたのは僕だけじゃないはずだ。
「あの国はね」知世は言った。「ベトナム戦争でも気象の操作を戦略に利用していた。〝ポパイ作戦〟なんて人を食ったような呼称でね。本来ハープは、電離層を押し上げることによってジェット気流の流れを変え、豪雨や干ばつをコントロールしようと開発されたものよ。ハリケーンの進路変更にも使われたわ。断層をずらしたのは副次的現象だったの。空ばかりに眼が向いてた彼らは、地上に大きな影響を与えていることに気づくのが遅れた。無知のせいで多くの命が失われたことにさえ気づかずにいたのよ」
あの列車事故以外にもハープの実験で命を落とした人々がいる――知世の口ぶりには、そんな含みがあるように思われた。
「ひとが死んでいるんだよ、それがわかった時点で実験を取りやめようとするのが普通だろう」
知世は哀しげに眼を伏せ、首を振った。
「いいえ、彼らは狂喜したわ。意図せず大量殺戮兵器が手にはいってしまったんですもの」
なんて奴らだ――。呆れて言葉も出ない。
「話を戻すわね。彼らは被験地を求めた。ちょうどその頃、ハープの副次効果を軍事利用しようとするプロジェクトが、実用化に向けたテストのため候補地を探していた。実験データを収集するには入出国が容易で、事故が起きた時、大勢が死ぬことになる都市部なら双方の利益に叶う。そして彼らは、うってつけの国を見つけた。そこは国土に大陸プレートの衝突部が四つもあり、世界で起きるマグニチュード4以上の地震の十パーセントが集中している。気象兵器の最大の利点がなにかわかる? 関与をまことしやかに否定できることよ。あの国なら地震など日常茶飯事だろう、世論はそう判断する」
知世の言うとおりだとしたら、この国に八つもある米軍基地の存在意義は、同盟国である日本をまもるためではなく、中国や北朝鮮への牽制であるという説が正しいののだろう。
――海上で国境を接する隣国ばかりが脅威なのではない。
陰謀論者たちの主張は、あながち誇大妄想でもないのかもしれない。僕にはそう思えてきた。
「〝彼〟の調査によると、現在、ハープでは反射角制御の実験にはいった段階だそうよ。国防長官は、実験結果を自分の眼で確かめたかったんじゃないかしら」
それが本当なら件の国防長官はとんたマッチポンプ野郎だ。ストロベリーなんて可愛いもんじゃない。毒イチゴだ! そんな馬鹿げた実験のせいで罪もない多くの命が失われたというのか、冗談じゃないぞ!
生まれてこのかた、とまでは言わないが、物心ついて以来、激昂したことのない僕が、憤怒に呑み込まれかけていた。頭がかっと熱くなったと思うと、視界が切り替わる。極彩色の塵が渦を巻いて密度を高めていくのがわかった。
その直後、テレビは吹っ飛んで後方の壁にめり込み、リビングのガラスは粉々に砕け散った。凶暴な嵐でも吹き抜けていったみたいだった。
なにが、起きたんだ……。
〔対象物との電位差が大きくなれば放電が起きる。中学生にでもわかる理屈じゃないか〕
えっ? 知世の声じゃない。誰が話しているんだ。
視界が戻ると、知世がソファに倒れ込み、指でこめかみを押さえている。
「怪我はない? いまのはなんだったんだろう」
「大丈夫よ。また、なにか発現したようね。でも、怒りに任せて力を開放しないで」
知世はゆっくりと上体を起こして言った。
「力……って、これは……僕が?」
「ええ、わたしにこんな力はない」
羨ましいなどと思うなかれ。どんなものであるにせよ、望んで手に入れたのでない力は戸惑いしか引き出さない。
「えらいことになってしまった……」
僕は茫然と呟くだけだった。