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「映画……かい?」
「ええ、嫌い?」
「いや、好きだよ。観たい作品でもあるのかい?」
「なんでもいいの。少し集中したいだけだから」
ひたすら歩き回るだけの人探しに疲れていた僕に異存はない。ちょうど好きな俳優の主演作が公開されていた。
「僕が驕るよ」
たったいま、知世に五十万円相当の借りができてしまっていた。鑑賞料の千八百円くらい出さないと、僕の気が済まない。
「胡散臭いけどバイタリティに溢れたところだったわね」
すれ違うことさえ苦労する高架下商店街を出ると、知世は率直な感想を口にした。店の構えばかり立派でも、あの店長さんは……。人類は本来胡散臭いものなのかもしれない。
見上げた空に雪が舞い始めていた。結晶の結合は儚げで、隙間から向こう側が見渡せそうだった。
「あなたに謝らないといけないことがある」
歩行者信号が青に変わる直前、知世が言った。
「謝る……って、なにを?」
「このプロジェクトの説明をした時、わたしは、あなたから早く疑いを取り除こうと意識操作を試みたの」
いまにして思えば、そう感じる部分がなかったこともない。
「いいよ、もう。君は指輪代を取り返してくれた。それでチャラにしよう」
「ありがとう。でもね、どれだけ頑張ってもあなたの意思は操れなかったの」
「へーえ」
あの時、知世が言った〝どうりで〟には、そんな意味があったのか――。
「うまくいかなくて苛々したけど、なぜか嬉しくもあったの。あなたは、自己というものが確立されているのね」
猜疑心の強さを讃えられたみたいだが、それでも僕は嬉しかった。
「ここでしょ?」
舞い上がっていた僕は、駅に折れる角を間違え、知世に袖を引かれていた。
さして期待もせずに観た映画が秀作だった時、得をした気分になるのは僕だけだろうか。内戦真っ只中のスーダンで、マシンガン片手に子どもたちの救出に奔走する実在のアメリカ人活動家を描いた映画に僕はのめり込んでいた。
私財を擲って教会と孤児院を建て、弾丸の飛び交うなか、他の国の子どものために身を投げ出す元ドラッグ・ディーラーの姿に、僕は心を揺さぶられていた。
最後列の一番端に席を取ったのは、館内を見渡せる環境を知世が望んだからだ。彼女はどんな時も使命を忘れることはない。その知世が、いまはスクリーンを食い入るように見つめている。三列前に座っていた男性がトイレかなにかで席を外し、戻ったいま、大声で隣の女性に見逃したシーンの説明を要求している。知世は席を立っていって、その男性の肩に触れた。
「なにをしたんだい?」
男性は急に静かになっていた。
「観客の迷惑にならないようにね」
「眠らせたとか?」
僕もそうされないよう、声を潜めて訊ねる。
「鼾でもかかれたら逆効果でしょう」
失神させたのか――。
その男性は本編終了前に目覚め、エンドクレジットも見ずに帰っていった。彼は、活動家本人によるコメントを見逃していた。
――俺の遣り方をとやかく言う連中がいるが、もしあんたの家族が誘拐され、俺が取り戻してやると約束したとしよう。あんたはその方法を問うかね?
彼はきっとこう言いたかったのだと思う。〝力なき正義は無能だ〟と――。
僕は決意した。
僕に銃など扱えないが、スーダンには仕事があって行けないが、それでも子どもたちの力にはなれる。月々三千円だった寄付を増やそう! 晩酌を発泡酒に替えてもいい、僅かばかりの寄付をピンはねしない支援団体を探そう!
頑張れ! サム・チルダース




