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ウィークデイも〝進化の可能性を秘めた遺伝子保有者〟探しは続いた。
東に向かう時は僕の帰宅を待って、西を探す時は途中の駅まで知世が来て待ち合わせたりもした。周囲が僕たちを見る眼に大きな変化はなかった――つまりモデルとそのマネージャーのように思われ続けてはいたが、僕たちは、まるで片時も離れられない恋人同士のように連れ立って歩いた。
ショッピングモール、ファストフード店、ファミリーレストラン、カラオケやプリクラコーナーまで見て回ったが、探し求める誰かは見つからない。こうまで見つからないとなると、知世の考えが間違っていたか、はたまた僕の遺伝子そのものに問題があるのではないのかと思える。敢えてそれを口にしなかったのは、この至福の時間が永遠に続いて欲しいと思っていたからだ。
週末の今夜も収穫はなかった。駅からマンションまでの道程、知世の足取りは重い。
「なにか目印でもあればいいのにね」
「どういうこと?」
「ほら、通勤途中や勤務先に出入りするひとたち、僕は毎日多くの人々を眼にしてるだろう? このひとだ! ってわかるものがあれば、手分けして――」
探せるじゃないか、は言いかけて止める。肩を落とす知世を見るのは忍びないが、次に見つかる誰かが男性で、彼を説得するために僕にしてくれたようなことを知世が……。
キャー! 考えただけで身の毛もよだつような想像だった。
「気にしないで。あなたは充分にやってくれている」
「明日は土曜だからひとの出も多いはず、朝から出掛けてみよう」
――返事がない。
振り返ると、僕の右側を歩いていたはずの知世は、数歩後ろでしゃがみこんでいた。
「大丈夫かい?」
アレかな? 重いひとは立ってるのも辛いそうだ。なのに知世は精力的に歩き回る。少し休もうよ、と泣きを入れるのはいつも僕のほうだ。僕は身体を屈めて知世の顔を覗き込んだ。
「……ええ、少し眩暈がしただけ。心配かけてごめんなさい」
「食べてないせいじゃないんだよね?」
「違うってば、でも……」知世は僕が差し出した手を取って言った。
「でも?」
「これはなにか変だわ、だって――」
知世が言い終わる前に膝から下がグラグラと揺れた。
地震か? 僕は立ち上がりかけていた知世の手を引いて煉瓦塀から引き離す。
「驚いたな……」N駅でもこうだった。「君は地震が予知できるんだ」
「あれは地震じゃないと思う」
「えっ? だってあんなに揺れたじゃないか。地震じゃなきゃなんなんだい?」
「いずれ、わかるわ」
組織の規模を訊いても、保護すべき遺伝子保有者が何人見つかったのかを訊いても、知世はこう答えた。それが誤魔化しや嘘の類ではないことを、僕はこの先、身をもって知ることになる。
「もう、離してくれて大丈夫よ」
僕は知世の細い腰を抱いたままだったことに気づいた。
部屋に戻ると、知世は珍しく冷蔵庫の水を飲んだ。僕が〝いらない〟と言ったのに母が無理矢理送り付けてきたものだ。ペットボトルのラベルにはおよそ聞いたことのない温泉地名が書かれ、六本入りの梱包には、〝アレルギーがなくなった〟だの〝癌が消えた〟だのと、いかがわしげな使用者の声が添えられていた。
「おいしい……」
冴えない外見でも二十七年の付き合いがある魂の容物だ。いままで他の誰かになりたいと思ったことはない。ましてや、その対象物が無機物であるなど問題外だ。だが――。
強く押し当てられ、恣意的に知世の唇を歪めるグラスを見るに至り、僕は考えを変えた。
来世というものがあるなら――、その時は、是が非でも知世専用のグラスに生まれてきたいと願っていた。