02
この見知らぬ美女が部屋にはいって来て、まだ五分と経ってない。出ていくべき女性が間違っていることに僕はやっと気づいた。「どうしたもこうしたも――」そう言いかけた時、玄関のチャイムが鳴った。
亜美だ! 僕はハンガーにかかっていたカシミアのコートを掴んで玄関に向かった。
僕のこういったサービス精神というか気配りは、大抵マイナスにしか働かない。部屋の主がコートを持ってドアを開ければ「帰ったんじゃなかったのか? なんだ、これを取りに戻ってきたのか」と言ってるも同然ではないか。
そんなことを考えてるもんだから「誤解だよ」と弁明したかったのに僕は「やあ」と言ってしまう。
亜美は凄い顔で僕を睨みつけると、僕の手からコートを奪い取り、風を巻いて去っていった。
〝奪う〟は正確ではないか……、彼女のコートなんだし。でも、あれは去年のクリスマスにねだられて、なけなしの……。いや、そんなことはどうでもいい。焦眉の急を告げているのは突然あらわれた美女の正体とその目的だ。それとも亜美を追いかけて弁明することか?
――あなたって殺したいほど優柔不断ね!
何年か前、別の女性に言われた言葉が思い出されていた。
玄関にはデカいトランクケースが置かれている。ブランドに疎い僕でも、ああ、○○製だなとわかるモノグラム柄のそれは、亜美の忘れ物ではなかった。
昨夜の行動について回想してみる。
亜美の来訪に備え、念入りに部屋の掃除をした僕は、二十三時には入浴を済ませてベッドにはいっていた。解離性健忘でも擁してない限り、あの美女がショーツを忘れていくような展開は(残念ながら)なかった。
リビングに戻った僕は、艶然と微笑む美女をまじまじと見る。年の頃なら二十代前半からせいぜい半ば。ほっそりして、背は高からず低からず。涼しげで切れ長の瞳に、きりりと引き締まった口元。陶磁器のように滑らかな肌は透きとおるほど白く、美人の条件である鼻の形も申し分ない。
完璧過ぎて嫌味にならぬよう、仕上げにちょいとばかりの瑕疵――左こめかみにやや大きめのホクロ――を加え、それがまた妖艶さを醸し出すといった念の入りようだ。
洒落たライムグリーンのニットにホームスパン地の膝丈スカートを穿き、長く艷やかな髪を無造作に背中に垂らした様は、シャンプーのCMで流れる〝縛っちゃうのが勿体ない〟がピタリと当て嵌っていた。