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 十数年前にこの地域を襲った大震災のメモリアルパークを抜け、僕たちは海洋博物館前へと足を進めた。

 雪も止み、ツーショット写真を取り合うカップルや、親娘連れで賑わっている。

「あれ? おい君、トンゼイ君じゃないのか?」

 先ほどの自己紹介で言い忘れたことがある。僕が軽自動車検査協会で売りさばく重量税は通称『トン税』と呼ばれており、それを売りさばく僕は、自動車整備業者さん方からこう呼ばれていた。軽自動車の場合、重量ランクによる金額差はないのだが、重さの単位のトンをもじった呼び名が普通車そのままに継承されているのだ。

 車検のため庁舎を訪れる方々は、納付書に書かれた○×自動車さんとか△□モータースさんとしかわからないが、僕は左胸に『神内』と書かれたネームプレートを着けているのにこう呼ばれる。配属された当初は憤慨したものだが、前任者もすべてそう呼ばれていたのだと知るに至り、抗議を諦めたという経緯がある。だから僕をこう呼ぶとしたら、どこかの業者の誰かさんしかいない。しかし、普段目にするツナギ姿でないと、彼らを識別するのは至難の業だ。僕の紡錘状顔領域(ひとの顔や身体を認識する脳の領域)があまり優秀でないか、彼らが平服を着ているはずがないといった思い込みのせい――つまり、これも錯覚の一種だと言えよう。

「どうもー」

 相手が誰なのか探りながら日本人旅行者の笑みで応じる。声をかけてきたのは長身の六十年配の男性で、仕立ての良さそうなチェスターコートの下からはグレンチェックのパンツが覗いている。

「すごーい! おおきーい!」

 波を受け、傾いた形に展示された帆船で、男性が連れていた女の子がふたりはしゃいでいる。小学校、三~四年生くらいの体格に見えるが、やけに目鼻立ちがはっきりしていた。

 地元の子供なら見慣れた光景や安っぽい展示物にキャーキャー騒がない。どこかへ嫁にいった娘の子ども――早い話が孫を遊びに連れてきたのだろうと推測する。

 なんとか自動車だか、かんとかモータースだかの上の部分にはまだ思い当たらない。記憶ひとつまともにたどれない僕は、本当に並列思考の持ち主なのだろうか……。

 男性は気安く僕の肩に手を置いて言った。

「孫が、お船を見たいって言うもんだからさあ。来ちゃったよ、この寒いのに」

 それはそうだろう。東北でしか採用されてないE5系新幹線を見たい、とのリクエストならここでは不適当だ。知世は僕の腕を取って肩に頭をもたせかけてくる。

 うーん、いい香りだ……って、呑気に鼻の孔を広げてる場合じゃないっ! 彼らは、自己紹介さえされてない僕が、誰か思い出せなかったと知るだけで拗ねるのだ。それはもう子どものように。

 関連記憶を探ってみよう。業者さん方は窓口が開くまでプライベートを話し合っている。それはもう近隣にまで聞こえそうな大声で。

 孫を連れてここに来るといっていたひとは? ――いない。ならば船が珍しい場所に嫁いだ娘がいるといった情報は? ――ここ数年、聞いてない。声に聞き覚えがないのは、屋外だからだろうか……。

 五感を総動員して情報の収集に当たっていた僕は、男性の耳に補聴器のようなものを見つけた。

 耳の遠い方は? ――いなかったような気がするけど……。

 男性の繊細そうな指は自動車の整備士というより医者のそれに近く、言葉を崩して話してはいるが業者さん方のような品のなさが(ごめんなさい)感じられない。

 死んだ父の知り合いとか? それなら僕を『トンゼイ君』とは呼ばない。

 僕の右肩に置かれた男性の手は、馴れ馴れしくもそのままで、左肩には知世の頭。三人が奇妙な形で繋がったまま、気まずい沈黙が流れていく。

 なんとかしろよ、僕の脳味噌! 完全なる並列思考の持ち主が、聞いて呆れるぞ。

 そして僕はある結論に至った。


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