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「ええ……っと、僕の脳は普通じゃないってこと?」
気になるふた文字には敢えて触れないでおく。
「ええ、明らかに異常よ」
普通、脳が異常だと診断されれば、精神科、若しくは脳神経外科に入院すべきは知世ではなく僕……だ。
現在、統合失調症の原因は心因性ではなく、物理的に脳組織が破壊されるものだと解明されている。25パーセントと言えば、非合理的思考、幻覚や妄想、現実と虚構の区別の喪失が見られる末期的症状だ。些か、安直なオチにも思えるが、そう考えれば奇妙奇天烈だったこの日の出来事すべてに得心がいく……って、断じてちがーう!
個体差はあれど、たった半日でそこまで脳組織が失われて堪るもんかっ!
「整理してみよう。僕は死んでないんだよね?」
自らの生死をひとに訊ねるほど情けないことはない。
「勿論よ」
「ただ、脳は少しだけひとと違う。それを知った上で君は、僕に協力を要請した。これも合ってる?」
「ええ。お願い、協力して。保護すべき遺伝子保有者の絶対数が足りないの」
なんだ、それ……。ひょっとすると、僕のパートナーも僕に探させるつもりだったのか?
人類滅亡の真偽はともかく、亜美との結婚がなくなれば、僕の遺伝子が絶滅の危機に瀕することは間違いない。どうやら費用はかからないみたいだ。ならば、このオファーを受けておいて損はない……のか?
いつもなら遠く感じる駅から自宅までの道程が、あっという間だった。エレベーターを待つ間、僕は考える。
否! 大きな問題が残る。
すこぶるつきの美女である知世が、いつも一緒だとしよう。勇気ある男性なら隣の僕を見て、〝こいつならなんとかなる〟と、彼女を口説きにかかることはあっても、その反対はあり得ない。
風俗は未体験で、百戦錬磨のオネエサマ方が僕は怖い。店によっては母親みたいなのがあらわれることもあるらしい。クワバラ、クワバラ……。
「どうしたの?」
僕は想像に身震いしていた。
「いや……、なんでもない。ところで、君の言う理想のパートナーが見つかるまで僕は……、その……なんだ……、禁欲生活を強いられることになるんだろうか」
泊まっていくはずだった亜美との夜のため、ベッドの引き出しには色とりどりのコンドームが買い揃えてある。
「わたしがお相手ではご不満?」
「えっ……」
わーい! って、喜んでいいのか?
こんな美人とそんな関係になるなど、青天の霹靂どころの騒ぎではない。しかし、知世の正体は依然玉虫色で、組織の背景を匂わすような発言もあった。
視覚操作されていたのだとすれば、見た目どおりの年格好ですらないのかもしれない。だが、本当にそんなことができるなら、もし、受容感覚のすべてを錯覚のオンパレードにされてしまうのなら、それは想像を絶する体験となるに違いない。
期待と好奇心がタッグを組んで恐れを放逐する。
「だめかしら?」
僕は、脳震盪を起こしそうなほど激しく首を左右に振って言った。
「いいんじゃない?」
僕の冒険遺伝子は〝泳ぐな、危険〟の旗を引き抜いていた。