第8頁 出撃
戦闘パートまでたどり着けませんでした……。
進行が遅くてすみません。
レイルは揺れる暗闇の中、格納庫を目指して階段を駆け下りていた。
その周りでは図書館中にけたたましいサイレンが轟き「書魔襲来! 推定百科事典級!」と悲鳴にも似たアナウンスが繰り返されている。すでに地下からは戦場にも似た喧騒が聞こえてきていた。レイルは気を引き締めると、その真っ只中に下りていく。
「禁書管理部司書、レイルです!」
格納庫の入口でレイルがそうやって挨拶をすると、ナイトスレイブの前にいた白衣の女性が振り返った。カルメ博士だ。彼女はレイルの顔を見ると、ほっと一息つく。キリリと引き締まった顔が、少しだけ普段の猫のように柔和な顔に戻った。
「お、無事やったみたいやな。とりあえず君はここで――」
「ナイトスレイブは出られますか?」
「え? まあいつでも出られるけど、それがどうしたん?」
「ありがとうございます!」
僕は一礼すると、壱番機の方へ駈けだした。するとカルメ博士が慌てて僕の前に立ちふさがる。その顔はすっかり青ざめていた。彼女は両手を広げると、こちらを威圧するように睨みつけてくる。
「あかんで! 君を乗せることはできん!」
「どうして!」
「危険が大きすぎる! 君はまだ実戦に耐えられるような状態やない!」
「……セラが、セラがまだ奥にいるんだ!」
カルメ博士の眼が見開かれた。唇の色が抜けて、手が小刻みに震える。
「な、なんやて! せやかて…………君を行かせるわけにはいかん!」
「そんな、セラを見殺しにするつもり!」
「そうやない! とにかく待つんや、すぐにラスクか彩乃が帰ってくるはずやから!」
「待てない!」
セラが図書館の奥に行ったのは、もしかすると僕と一緒に居づらかったからかもしれない。
鎌首をもたげる責任感、焦燥感。
僕はそれに突き動かされるように、カルメ博士の身体を跳ねのけた。
セラは何としても、僕が助ける――!
「早くレイルを止めるんや! 乗せたらあかん!」
「は、はい!」
ナイトスレイブを整備していた作業員たち。彼らは一旦作業を放棄すると、僕へと迫ってきた。数十もの屈強な男たちが、僕を取り押さえようと工具片手に迫ってくる。
魔力を集中――風の術式を構成。範囲は僕の周りすべて、対象は作業員たち。
荒れ狂う暴風が見えない壁となりて、迫りくる人間たちをすべて吹き飛ばした。僕はその隙に階段を駆け上がり、ナイトスレイブのクリスタルの前に立つ。
「壱番機……」
間近で見たナイトスレイブの顔は、まさに鋼の騎士のようだった。恐ろしい造形の中に、何物にも屈服しないという強固な意志が見て取れる。こいつは機械人形じゃない、本物の戦士なんだ――。
僕の心がそう直感した。
僕は頭を下げ、そのままクリスタルの中へと飛び込んだ。スルリ――何の抵抗もなく身体が吸いこまれる。
クリスタル中は虹色の世界だった。上下左右、あらゆる感覚が喪失している。ふわりふわりと意識だけが身体から抜け出して、空中を漂っているようだ。訓練で使っているクリスタルとは、まるで感覚が違う。
得体の知れない恐怖感と不安感が心のパレットで混ざる。
心の色が黒に近づいて行く。
恐かった。どうしようもないほど不安だった。心が負の感情で握り潰されているようだ。
だけど――逃げるわけにはいかない!
「頼む! 動いてくれェ!!」
視界が開けた。虹色の靄が消えうせ、代わりに周囲の景色が広がり始める。ゴオンと心地よい振動音も同時に響き始めた。
動いた――! 僕はすぐに足を持ち上げようと意識してみる。すると、身体が少し傾くような感じがした。動いている、間違いなくナイトスレイブが僕の意識で動いている――!
「セラ、いま行くよ!」
足元で大騒ぎしているカルメ博士たちを避けながら、僕は格納庫奥の扉へと駆けた。走るナイトスレイブの足取りは信じられないほど軽い。まるで第二の身体だ。本当に、思っただけで完璧に制御ができている。
鋼鉄の扉を強引に押しあけると、僕は通路を駆け上がった。やがて現れる蓋も力任せに引き裂き、僕は地上へと躍り出る。
地上に出ると、遠く地平線の果て近くに怪物の姿が見えた。醜悪に過ぎるその姿はまるで出来の悪いキメラか。古今東西ありとあらゆる幻獣の身体をバラバラにして、それを子供が強引にくっつけたようだ。体中に顔があり、体中に手があり、体中に足がある。全身に付いたおびただしい数の眼でこちらを見てくるその怪物は、間違いなく自然に反する化け物――書魔だ。
「セラ!」
書魔の肉体の中央で笑う獅子の顔。そのギラギラと輝く眼の近くに、セラの身体が囚われていた。醜悪な獣の手が彼女の両手両足を縛り、今にもそれを獅子の口が喰らわんとしている!
「やめろオォ!」
僕は喉が裂けるほど叫んだ。ナイトスレイブもまた、それに応えるように天地を揺さぶる咆哮を上げる――。