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第6頁 迷宮の司書

 本棚の間を抜ける通路は細く、薄暗かった。みっしりと壁のように並ぶ本棚が、天井からの光をほとんど遮ってしまっていて、明りが必要なほどだ。そこに漂う空気はじっとりと重く、流れる時は緩慢。さらに時折分岐点が現れて、通路がいくつも枝分かれしたり行き止まりがあったりするその様子は、まさに迷宮だ。いや、下手な迷宮よりも複雑さという面では上かもしれない。

 僕は魔法で光の球を浮かべながら、ラスクの後を慎重に追っていた。ここで彼女とはぐれれば、掛け値なしに遭難しかねない。ゆっくりと慎重に、歩みを進めていく。


「気をつけなさいよ……。このあたりまで来ると『文庫級』くらいの書魔なら現れかねないわ」


「お、脅かさないでよ」


「脅しじゃないわ」


 ラスクの眼は真剣だった。僕の背筋を冷たいものが走り、緊張感で身体がこわばる。

 書魔――図書館が生み出す闇の存在にして、僕たちの敵。一般的には図書館の蔵書に澱んだ魔力が宿り、変化した怪物とされる。

 書魔は力の大きさによっておもに文庫級・小説級・辞書級・百科事典級・魔導書級の五つに分類されるが、その形態は実に多種多様。元となった本の記述内容や情報量が書魔の能力として反映されているともされるが、真偽のほどは不明だ。ただし、全ての書魔は絶大な力と恐るべき凶暴性を持ち合わせていて、人類とは相いれない存在である。特に辞書級以上の書魔は純魔力攻撃以外を無効化する性質を持っており、ナイトスレイブを用いなければほとんど討伐不可能とされている。

 僕はどこかから敵が現れるのではないかと、恐々と足を進めていく。するとその時、何かが崩れたような音がした。


「書魔だ!」


「え、うそ!」


 ラスクは急いで音がした方へと走っていった。僕もその後を追って、音がした方へと向かう。しかしここで、酷使されていた足が鈍い痛みを訴える。僕は徐々にラスクから遅れていき、気が付いたら一人になっていた……。


「ラスクー! 置いてかないで!」


 緊急事態ということで、僕はマナー違反も憚らずラスクを呼んでみた。だが、彼女からの返事は来ない。本に囲まれたこの空間はかなり音を吸収するようだ。それこそ棚を倒して本を崩すようなことでもしない限り、周囲に音は伝わらないらしい。

 しかし、いくらなんでも司書の僕がそんなことをするわけにはいくまい。僕は仕方なく音の記憶を頼りにラスクの後を追っていく。するといつの間にか周囲の暗さが増して、明りなしでは脇の棚にある本の題名が読み取れないほどになってきた。 


「まずい、完全に迷っちゃってる……」


 もはや辺りは完全にダンジョンそのものだった。空気が嫌に静まり返っていて、棚の本にもたっぷりと湿気を含んだ埃が積もっている。いつ棚の陰からモンスター――書魔が現れてもおかしくないような状況だ。僕は光の魔法に込める魔力を強めると、棚に手をやりながら恐る恐る進んでいく。

 無数に現れる分かれ道。進むたびに行く手をふさぐ行き止まり。それらを過ぎていくうちに、辺りの怪しい雰囲気は増していった。僕はどんどん、この図書館の深淵に向かって歩いているようだ。だが、どちらへ行けばもと来た方へと帰れるのかすらわからない。

 やがてあたりに霧が出てきた。しかもただの霧ではない。不気味な紫水晶のように輝く、得体の知れない霧だ。この際、瘴気と言った方が適切かもしれない。


「なんだよこれ……」


 霧の濃い部分に手で触れてみると、パチパチと弱い電気が走るような感じがした。こんな物を長く吸っていれば命にかかわってきそうだ。僕はとっさに服の袖で口を覆う。

 もう辺りは迷宮という次元ですらない。魔界だ。伝承で聞いた正気の漂う魔界、それに限りなく近い。

 僕がそう思い始めた時、不意に肩に何かの感触があった。僕が震えながら後ろに振り向くと――


「お、お化け!」


「……違う。私」


「な、なんだセラか……。ビックリさせないでよ」


 お化けのように見えたのは、セラの顔だった。色白ですべすべとした彼女の肌は、光を反射して一瞬、彼女の顔をお化けのように見せたのだ。

 正体がわかった僕はほっと息をついた。しかし、今度はセラが不機嫌そうな顔で僕に尋ねてくる。


「なんで……ここに居るの? ここに用はないはず……」


「ラスクと一緒に本を返しに来たんだけど、途中ではぐれちゃって。それで迷ってるうちにここまで来ちゃったんだ」


「方向音痴……。ついて来て」


「ありがと」


 スタスタと歩き始めるセラ。僕はその小さな背中を追って、後ろからついて行く。

 そうしてしばらく進んだところで、僕はセラの隣に並び、気になることを聞いてみた。


「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「何?」


「セラは、なんであんな場所に居たの?」


 セラは返事をしなかった。彼女はそのまま無表情で歩き続ける。

 このままでは気まずいな――そう思った僕は、何となくセラのやっていたことを予想してみた。


「もしかして……本を捜してたの?」


「……!」


 セラはピクリと肩を震わせると、こちらの方を向いた。眼が少し見開かれていて、驚いているように見える。どうやら図星のようだ。


「なんて言う本なの?」


「言えない。あなたには……関係ない……」


「そんなこと言わないでさ、教えて――」


「しつこい!」


 いつになく強い口調。僕は驚いて、何も言うことができなかった。セラは驚いている僕を振り払うようにそのまま走り去ってしまう。彼女の姿はすぐに本棚の陰へと消えて、見えなくなってしまった――。


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