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第5頁 本の迷宮へ

 図書館の脇に立てられている職員用の宿舎。その一室で、僕はフウと大きなため息をついた。

 ベッドの上に寝転がる僕の手元には、彩乃から渡された『禁書管理部』と銘打たれた資料がいくつか散らばっている。これらは本来、ここへ来る前に僕に渡されているはずの資料だった。この資料には実にさまざまなことが事細かに書かれていたが、その主な内容は僕が所属することとなった禁書管理部という部署についての説明だ。

 禁書管理部というのは表向きは通常の図書館業務を仕事としているが、裏では先ほどの巨人――ナイトスレイブを操り『敵』から図書館を防衛することを仕事としている。ただし、このナイトスレイブを操るのには値にして一万二千以上という膨大な魔力が必要だそうで、禁書管理部は万年人手不足。そのためあちこちの魔法学園に求人の広告を出していて、おそらくそのうちの一つをルーナ先生が見つけたのだ。


「あの時のルーナ先生の顔。間違いなくここについて何か知ってたんだな……!」


 今考えてみれば、ルーナ先生があんな笑顔で図書館の仕事を勧めてきたことがおかしかったのだ。魔力を活かしてほしいと思っていたルーナ先生が、普通の図書館の仕事なんて勧めてくるわけがないのだ。あそこで不審に思っていれば……浮かれていた自分が恥ずかしい。

 資料をしまうと、僕はベッドの上で悶えた。掛け布団を身体に巻きつけながら、ぐるぐるとベッドの上を転がる。すると不意に扉が開いて――彩乃と眼があった。


「何やってんだ、レイル」


「……あ、彩乃さんこそ」


「明日からの予定を知らせようと思ってな。まだ詳しいことは言ってなかっただろう?」


「ああ、なるほど。だけどいきなり部屋には入ってこないで欲しいな。一応、男の部屋だし」


 彩乃はニタっと笑った。そしてベッドに腰掛けた僕のそばに擦りよってくる。

 このとき彩乃は、出会った時とは違って薄い服を一枚着ているだけだった。そのため服に隠されていた予想よりずっと豊かな胸がはっきりと見て取れる。さらに風呂上がりなのか、ほのかな石鹸の良いにおいが彼女から漂っていた。


「そうだな、これからはノックをするとしよう。レイルがあれをしてる所とかに遭遇したら互いに気まずいからな」


「いや、そういうわけじゃ……」


 僕は沸騰しそうだった。顔どころか、身体全体が赤くなっている。それを見た彩乃はフフッと口を押さえて笑う。さきほど聞いたところ彩乃は僕より一歳年上なだけなそうだが、もっとずっと年上に思えた。


「ははッ、そんなに赤くならなくてもいいじゃないか。これぐらいで照れるようだといざというときに困るぞ?」


「そ、そんなことはいいから、明日からのことについて教えてください!」


「わかったわかった」


 そういうと彩乃は真面目でキリリとした表情に戻った。そして、凛とした声で僕に告げる。


「明日はとりあえず九時から仕事だ。それで九時から昼休憩をはさんで三時までは通常の図書館業務。そして三時から七時までがナイトスレイブの操縦練習だ」


「了解」







 翌日。僕は早速、ラスクたちに指示を受けながら図書館での仕事を始めた。ここの図書館は来館者が多い上に、図書館自体もとてつもなく大きいのでやることが盛りだくさんである。ラスクが言うには禁書管理部の司書は通常業務をある程度免除されているのだが、それでもお昼を過ぎるころには結構クタクタになっていた。

 少し猫背になりながら、受付に腰掛けている僕。そうしているとどこからか、本を満載した台車をラスクが引っ張ってきた。彼女はその台車を僕の前に置くと、呆れたような顔を向けてくる。


「初日からずいぶん疲れてるみたいね」


「いや、これが結構きつくて……」


「まったく、これじゃ先が思いやられるわ。訓練だってあるのに」


「な、何とか頑張る……!」


 僕は背筋をのばすと胸を張った。いわゆる空元気だ。それを見たラスクはうんうんとばかりに頷く。


「ま、その調子で頑張りなさい。ところで……いまってあんた暇?」


「うーん、暇と言えば暇かな。お昼すぎて来館者の人もガクッと減ったし」


「じゃあさ、私の仕事を手伝ってくれないかしら? 実はこの台車の本を本棚まで返しに行きたいんだけど、一人じゃそこまで持ってくのが大変なの」


「わかった。で、どこにあるのその本棚」


「そうねえ、ここから歩いて一時間ってとこかしら」


「うわあ……」


 予想以上の遠さだった。これだと帰ってきたころには三時になっていそうだ。いや、グズグズしていると三時を回ってしまうかもしれない。僕はすぐにカウンターを他の司書に任せると、ラスクと一緒に本の返却へと出発した。

 そうしてしばらく歩くと、本の重さが足に効いてきた。本は重い。ずっしりと重い。特に山積みにした本など、押しつぶされそうな重さである。それを引っ張り続けるとどうなるのか……僕は身をもって知った。一方、台車を引っ張るのを僕に任せたラスクはほとんど手ぶらである。


「ねえラスク、君も少しは台車を引っ張ってよ……」


「何よ、あんたは女の子の私にそんな重い台車を引っ張らせるの?」


「だって……これはさすがに……」


「はん、情けないわね。彩乃なんてそれぐらい片手でラクラク引っ張っていくわよ。あんた男でしょ、もうちょっと頑張りなさい!」


「クッ、わかったよ!」


 流石にそこまで言われてやらないわけにはいかない。僕はしぶしぶうなずくと、それからも一人で台車を引っ張り続けた。ラスクは鬼……僕はちょっとだけ賢くなる。

 そうして泣きそうになりながらも台車を引っ張っていくと、周囲の景色が変わってきた。規則的に並んでいた本棚がその規則性を失い、乱雑に並び始める。さらに綺麗な六角形だった形も崩れて、四角やら丸やらいろんな形の本棚が現れ始めた。その様子はさながら迷宮か。複雑怪奇な本棚の迷宮が、僕たちの前に出現した。


「なにこれ……?」


「奥に来たからよ。この図書館は奥に行けばいくほど魔力の濃度が濃くなるの。必然的に空間の歪みも大きくなって、こんなことになっちゃうのよ」


「へえ……」


「気をつけなさい、ここから先は一度迷うと簡単には出られないわ。しっかりと、私の後について来てね」


「わかった、気をつけるよ」


 ゆっくりと僕たちは歩みを再開する。こうして僕は、本の迷宮への一歩を踏み出した――。


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