第4頁 咆哮
それは中央の巨人だった。
黒鉄の鎧を纏い、他の巨人よりなお一層不気味な巨人。その虚ろな目に光が宿り、胸にはめ込まれた紫のクリスタルが強烈な輝きを振りまき始める。
「う、動き出した……!?」
巨人の手足から鋼が歪むような音がした。同時に風が唸るような音が響き始める。
巨人の身体を固定していた太いワイヤーが次々と千切れ、したたかに壁に打ち付けられ、火花があちこちで散った。やがて鋼鉄の巨躯は戒めから解き放たれ、天井に向かって凄まじい咆哮を上げる――!
魂を消し飛ばすような雄たけび。床が揺れ、天井から埃が落ちる。とっさに僕は耳をふさいだ。そしてそのまま一目散に、右奥にあった扉の方へと慌てて逃げ出す。すると僕が逃げようとしていた扉の向こうから、ラスクたちが現れた。
「助けて!」
「え……? って、何これ! なんでナイトスレイブが動いてるの!」
「わからないよ! ここに入ったら動いたんだ!」
「そんな馬鹿な、ありえないわ! あんた何かしたんでしょ!」
「するもんか!」
「いや絶対に――」
「そんなことどうだっていい!」
ラスクの後ろにいた女性が、揉めている僕たちの方を見て一喝した。黒い髪を一つにまとめた、凛とした雰囲気の長身の女性だ。まだ二十代前半に見えるが、軍服のようなものをかっちりと着こなしていて独特の風格がある人物である。
彼女は髪を揺らしながらラスクの前に立つと、何か言いたそうな彼女を後ろへ押し込めた。
「早く逃げるぞ! 話は逃げた後だ!」
「だけど……」
「だけどじゃない! 急げ」
「わかったわよ! ほら、あんたも早く!」
巨人は未だに暴れていた。むしろ、その勢いを増している。腕を鞭のように振り回し、周囲の巨人をなぎ倒して、黒鉄の巨人は破壊を続けていた。このままでは、僕らも巨人の餌食となるのは近い。
巨人と眼があった。獰猛な輝きが満ちた瞳は、あろうことか僕を狙っている――!
「……ッ!」
恐ろしくてたまらなかった。僕は差し出されていたラスクの手を、乱暴につかみ取った。恐怖がひたひたと迫りくる中、僕たち三人は出口へ向かってひた走る。
轟音と揺れが辺りを襲っている。下の方からは凍りつくような雄たけびが響き続けている。僕たちははちきれそうなほど膨らんだ恐怖を押し殺し、足がちぎれそうなほどの勢いで階段を駆け抜けた。
階段の終わりが徐々に近づいてきた。希望だ。歓喜に速まった足は、僕らをまたたく間に本棚の前へと飛び出させた。そこでようやく、僕たちは足を止めて一息つく――。
一般図書管理部の事務室を抜けた先にある館長室。僕たち四人――僕、ラスク、セラ、そして先ほどの女性こと彩乃――はそこに急遽集められていた。大きな机に腰掛けた四十から五十ほどに見える男性が、一列に並んだ僕らの方に鋭い視線を投げかけている。そのわきでは秘書と思しき女性が先ほどから延々と書類を読みあげていた。
「ナイトスレイブは全5機のうち3機が小破、1機が中破。格納庫の扉も破壊され、被害は甚大です」
「復旧までにはどれくらいかかる?」
「故障した4機については、実戦投入可能なレベルに回復するのに約1カ月ほどかかります」
「うむ……厳しいな。それで、暴走の原因は?」
「目下調査中であります。ですが、そちらの少年が原因とみてほぼ間違いないかと」
館長は顔を上げ、掛けている眼鏡をスッと持ち上げた。瞬間、僕の背筋を冷たいものが走る。
これから何を言われるのか――恐怖が身体を満たしていく。
「君は確か、レイル君と言ったね?」
「は、はい!」
「君は学園から送られてきた資料を見る限りだと、魔力値三万三千もあるそうだが本当かね?」
「そうです! 間違いありません」
「なるほど。やはり今回の暴走事故は君の魔力が原因とみて間違いなさそうだ」
「ぼ、僕は何も……」
「わかっている。君自身が何もしていないのはすでに映像資料などで確認済みだ」
「だったら……!」
「ああ、今回の出来事はあくまで不幸な事故だ。君に責任はないだろう」
僕の心に希望が帰ってきた。思わずホッと息が漏れる。だが、そうして僕が気を緩める一方で館長は僕に鋭い視線を注ぎ続ける。
「だが、今回の事故で重要な戦力がしばらくの間失われたのは事実だ。そこで、君には先ほど暴走した機体、ナイトスレイブ壱番機の操縦士を任せたい」
「そんな!」
あの恐ろしい怪物に乗れというのか――!
心が恐怖と怒りに沸き立った。あの巨人に対する圧倒的な恐怖感が蘇り、心の水がざわめく。
近寄りたくもない――禁忌にも似た感覚が、僕の顔を紅に染め上げる。
僕の顔は感情のあまり紅潮し、酷く歪んでいた。されど、館長は冷徹な視線を僕に向け続けていた。そして、うっすらと口を開くと良く通る低い声で言い放つ。
「手違いで君に十分な資料が届かなかったのはわかっている。だから、君が戸惑うのも無理はないだろう。だが、我々にはどうしても君の魔力が必要でね。……今日はこれで終了だ。今後の予定など詳しいことはそこの彩乃君から聞いてくれ」
「館長!」
席を立ち、部屋から出ていこうとした館長と秘書に僕は思わず掴みかかろうとした。しかし、すぐに後ろから彩乃とラスクが僕の身体を押さえつける。
「離して! 離してよ! 館長――!」