第3頁 鋼の巨人
ようやくロボが登場します!
本棚の下から地下へと続く通路は長く、暗かった。
石なのか、はたまた鋼鉄なのか。材質すらはっきりしないツルリとした壁と階段が延々と続き、僕たちを地の底へと誘っている。いったいどこへ続いているというのだろうか。薄暗闇の中、不安に駆られた僕は、前を歩いていたラスクの隣に移動した。
「どこまで行くつもり?」
「私たちの事務室までよ。後もうちょっとだから我慢して」
「はあ、なんで事務室がこんな地下深くに……」
「地下の方が何かと都合がいいのよ。一般人に知られちゃまずい物とかもあるし」
「一般人に、か……」
何か嫌な予感がした。どうにも来る場所を間違えているような……そんな気がする。とにかくこのままラスクと進めば、僕が求めていた普通の職場から離れていくのは明白だった。僕は意を決して立ち止まって見る。
「あのさ……」
「なに?」
「さっきから気になってたんだけど……僕が配属されたのって、間違いなくここなんだよね?」
「間違いないわ。それがどうかしたの?」
「さっきからずっと思ってたんだけど、ここの仕事は何なの? どうみても普通の図書館業務じゃないみたいだけど」
ラスクの肩がぴくりと上下した。彼女はゆっくりこちらに振り向くと、僕の顔を覗き込んでくる。
彼女の表情は険しく額には深い皺が走っていた。鋭い眼光が僕の身体に突き刺さる。スッと背筋が冷えて、身体が石化したように動かなくなる。
「……あんた、どんな仕事をするつもりでここに来たの?」
「そりゃ、本を整理したりとか貸出をしたりとか……」
「それ以外には?」
「え?」
「それ以外にももっと大事な仕事があるでしょうが!」
他に何かあったか!? ラスクの噴火のような剣幕に、僕は慌てて知識を掘り返す。
図書館の仕事、図書館の仕事、図書館の仕事……あった!
「本の発注!」
「違う! そうじゃない! 一番大事なやつがあるでしょ!」
「ええっと……」
僕は言葉に詰まった。図書館で一番大事な仕事……なんだろうか? 僕はラスクに睨まれながらうんうんとしばらく唸る。一分が過ぎ、三分が過ぎ……時間がどんどん過ぎていく。だがしかし、まったく思いつくことができない。僕の記憶の棚は空白で、そこには何も入ってやしなかった。
仕方ない……僕は怒られることを承知で、ラスクに頭を下げることにする。
「ごめん……わかんないや」
「……あきれた。ホントに分かんないの?」
「うん。考えたけど全然だめ」
「こりゃ、何か手続き上のミスがあったのかもしれないわね……。ちょっと確認してくるから、あんたはここで待ってて」
あ、と声を掛ける暇すらなかった。ラスクは滑るように階段を駆け下りて、闇の奥へと潜っていき、僕の視界から消えてしまう。
取り残された僕は壁に取り付けられた魔力灯の僅かな光の元、階段に腰掛ける。一人になってしまうと周囲を取り巻く闇の深さがより鮮明に感じられて、どうにも怖かった。小さな灯りのうちに身を寄せて、僕は何とか時間を過ごす――。
そうしてラスクが行ってしまってから、ずいぶん長い時間がたった。懐中時計を持ってないので正確な時間はわからないが、とにかく長い時間。おぼろけな意識の元、身体が溶けて闇と混ざってしまうような感覚さえし始めたころ、不意に魔力灯の灯りが揺らめき始めた。魔力灯というのは永久に輝き続けるものではなく、定期的に交換しないとやがて寿命が来る。運が悪いことに、今がその寿命のようだ。
「行くか」
僕は重い腰を上げた。身体を反らして大きく息を吸うと、一歩ずつ階段を下り始める。
一旦下り始めると、階段は意外にも近くで終わりを迎えた。仰々しい扉が僕の目の前に現れ、行方を塞がっている。見たところ金属でできていると思われるその扉は、とても大きくて頑丈そうだった。銀行の金庫扉といっても通用しそうなほどである。
僕はその見るからに重そうな扉に手を掛けた。すると、驚くほど軽い。辞書みたいな厚さの扉が、家のドアを開けるような感覚で軽々と開いて行く。そして次の瞬間――。
「なッ!」
巨人が居た。山のような身の丈を持つ細身の巨人が、何体も部屋の奥に並び、僕を見下ろしている。
鋼鉄の鎧を骸骨の騎士に着せたような、線の細い威圧的なフォルム。胸の部分には巨大なクリスタルが嵌めこまれ、その姿は機能美にあふれていた。が、同時にこの巨人の持つ途方もない攻撃性と内に秘めた膨大な魔力を感じさせた。
「ゴーレム? いや、違う……」
前に一度、先生が造って見せてくれたゴーレム。それはこの巨人と同じような大きさで魔力を持っていたが、この巨人とはまるっきり性質が違っていた。なんというか、おもちゃと本物を比較しているような……そんな気がしてくる。だいたい材質からして、ゴーレムは土や岩なのに対してこの巨人は鉄、もしくはそれ以上に頑丈な金属でできているように見える。
凄まじい力を秘めていそうな鋼の巨人。だが不思議なことにそれに対する恐怖をほとんど感じなかった僕は、少しずつ巨人に歩み寄っていった。すると虚ろだった巨人の眼とクリスタルに眩い光が宿った――。