第1頁 図書館へ
汽車が大地を蹴り、轟々と煙を巻き上げながら鉄路を疾走している。
窓より流れ込む心地よい風。周囲は一面の草原で、鉄路の遥か先に街が見える。そよぐ緑に眼を細めながら、僕はこれから赴くその街に思いを馳せた。
ランブリッジ図書館への就職は思いのほかトントン拍子に進んだ。すでに向こうには僕の籍があり、後は実際に働くだけである。生活用品もすでにそのほとんどを向こうの寮に送ってしまっていて、僕は現在、小さな手荷物や雑多な書類を持ってランブリッジ行きの急行列車に乗っている。
「間もなくランブリッジ駅に到着します。お降りの方は荷物の置き忘れにご注意ください」
網棚に手をやり、カバンを下ろす。列車が僅かに振動。徐々に景色の流れが緩やかになる。
やがてガクンと音がして、列車が止まった。停車時間は短い。僕は手早く荷物を持つと、降りる乗客の雑踏に交じってプラットホームに足を下ろす。
「あれがランブリッジ図書館……」
僕の目に、ボウルをひっくり返したような形の巨大建造物が飛び込んできた。視界のほとんどを占拠したそれは、周囲を取り巻く街の建物が子供のおもちゃに見えるほどの大きさだ。今まで居たグリモワール学園の十倍、いや二十倍はある。とにかく途方もない大きさのそれは、街の中央を占拠し、さながら城や宮殿のごとく聳えていた。
改札口を抜けて、駅前の広場から眺めるとなおいっそう図書館は大きかった。もはや建物というより山だ。丸い形をした白くて巨大な一つの山である。僕はしばしそれに見惚れて、真昼間から道の真ん中で立ちすくむ。
渡されたパンフレットによれば、あの丸い山の中にぎっしりと古今東西のありとあらゆる書物、約一億冊が詰め込まれているという。図書館の中はまさに本の海、理想郷だろう。あまりの本の量にめまいがしてしまうに違いない――。
「ふふ……」
「ねえ、あなたもしかしてレイル?」
「ふふ……ふふ……」
「聞いてるの? 聞いてるなら返事して」
「やっぱり……に限る……」
「あ、その手紙! あなたやっぱりレイルだったのね。まったく、昼間っからなんて顔してんのよ! しっかりしなさい!」
突然、耳を衝撃が襲った! 僕は慌てて現実に帰ると、耳を押さえながら音のした方を見てみる。するとそこには、僕とほぼ同年代の少女が立っていた。金髪碧眼で少し吊り眼がちの、いかにも活発で勝気そうな少女だ。……僕のちょっと苦手なタイプの女の子である。
「君は誰?」
「迎えよ迎え。ほら、その手紙にもちゃんと書いてあったでしょうが」
少女は僕の持っている手紙を示した。あわてて四つ折りにされていたそれを開くと、改めて読み直してみる。すると最後の一文に、『当日は駅まで迎えに人をやります。先輩の女の子が行く予定なので、ぜひ仲良くしてあげてください』と書かれていた。
「君がもしかして、この『先輩の女の子』なの?」
「そうよ、なんか文句でも?」
「別に文句はないんだけどさ、文句は……」
図書館で働く女の子と聞いて、きっと優しくて大人しい女の子が来るのだろうと期待していた――なんてことは口が裂けても言えない。僕は少し肩を落とすと、無理やり笑ってみる。だがそれを、この少女はお気に召さなかったようだ。
「何よその変な笑い方。まったく、失礼しちゃうわね。私みたいな美少女が迎えに来たって言うのに、そんな顔するなんて」
「……」
「ふん、まあいいわ。私の名前はラスクよ、よろしく」
「僕はレイル、よろしく頼むよ」
ぶっきらぼうに差し出された手を、僕はしっかりと握った。だがそれもつかの間、ラスクはすぐに手を離すと図書館の方へと歩き始めてしまう。
「さっさといくわよ。あんたには教えることが山ほどあるわ」
「ああ、ちょっと待って!」
僕の新生活は最初から忙しい気配でいっぱいのようだ――。