第0頁 進路
一人称で小説を書くのは初めてですが、よろしくお願いします。
魔力値三万三千の人。
これがグリモワール魔法学園での僕、レイルの渾名だった。
この学園に通う生徒の平均数値は千前後。一万もあれば天才と呼ばれ、三万などと言えば大陸にも数人しかいない……らしい。僕も自分以外に三万超えなどという人間を見たことがないので、あくまで聞いた話であるが。
一般的に魔力値が高い人間はその豊富な魔力を活かして軍人として働く、もしくは魔術師ギルドに登録してフリーの魔術師となる。そして魔力の低い人間は魔力のいらないアカデミックな職、もしくは事務職となる。当然、僕は前者の魔力が高い人間に属するので、軍人やフリーの魔術師となるのが普通なのだが――。
「ねえ、この進路希望表はなんなの?」
学園卒業の日が見えてきたある日の放課後。面談に呼ばれた僕が職員室に入ると、担任のルーナ先生はずいぶんといら立った様子だった。いつもだらしない着こなしの服装が、さらに輪を掛けて酷いことになっている。僕はすぐに何が原因かわかったものの、素知らぬふりをして用意されていたイスに腰掛けた。
「どこかおかしいですか?」
「別におかしくはないけどさ……。王立アカデミーに王立図書館。さらにはこの学園の教師。みーんな魔力の低い子が希望する職業じゃない!」
「だって僕、そういう職業が好きですから。本に囲まれた生活をするのが僕の夢ですし」
しれっと言い切った僕。ルーナ先生は大きくため息をつくと、呆れたような顔をした。
「先生だってね、君が本とか勉強が好きだってのはもちろん知ってるよ。だけどあなたには三万三千もの魔力があるの。それを活かそうとは思わないの!?」
ルーナ先生は机から身を乗り出した。ずっと担任だったのでよく知っているが、先生は基本的にぐうたらだが面倒見の良い教師である。だからこそ、僕のことを考えて必死になってくれてるんだろうけど……。僕は誰が何と言おうと軍人やフリーの魔術師になるつもりはない!
「僕は学術的なことが好きですから!」
「だって三万三千よ? 二千とか三千じゃないのよ? それだけ魔力値があれば軍人やフリー魔術師として大成功できるわ! 女の子にだってきっとモテモテよ?」
「僕はそういう進路に就くつもりはありません!」
「本当にいいの? 研究職とかって地味よ? この学園の教師だって給料は安いし嫌みな教師や生意気な生徒は居るし学園長は胸揉んでくるし……」
……先生はよっぽど学園に不満があるらしい。愚痴が鉄砲水よろしくドンドンととめどなく湧いてくる。あまりの愚痴っぷりに、静かだった周囲がざわめきだした。
「ルーナ先生?」
いつの間にか職員室中の注目がルーナ先生と僕に注がれていた。遠くからバキッとペンが折れるような音までしてくる。ルーナ先生の顔が沸騰した。先生はイスが吹っ飛ぶような勢いで立ち上がると、そのまま声の掛けられた方向に何度も頭を下げ、身体を小さくしてまたイスに座る。
「きゅ、急用ができたので今日のところはこれまで! 来週までにしっかりと進路について考えておきなさい!」
「はい!」
僕は素早く職員室を抜け出した。後ろから何か悲鳴じみた叫びが聞こえてくるが、気にしない。むしろ関わっちゃいけない。関わると確実に巻き込まれるから――!
それからの一週間というのは、実に早く過ぎた。僕が過ぎてほしくないと考えたからかもしれない。なにせ、僕は進路について先生への言い訳を全く思い付かなかったのだ。
だが過ぎてしまったものは仕方ない。僕は肩を落としながら職員室の扉を開く。いつもは軽いスライドドアが、妙に重かった。
職員室に入るとすぐの場所にルーナ先生の机はある。僕は何を言われるだろうかと少し緊張した面持ちと強張った足取りで職員室に入ると、ゆっくりと先生のもとへ向かう。
そうして僕が近づいていくと、先生はにっこりと笑った。あれ……笑った?
「待ってたわよ、レイル君。実はね、あなたにいいお知らせがあるの」
「お知らせ?」
「ええ。実はあれから一週間、先生もあなたの進路について考えてみたの。そしたらね、見つかったのよ。あなたにピッタリの進路」
「本当ですか? それって軍とかじゃないですよね?」
「もちろん。本に囲まれた生活ができること請け合いの場所よ」
「どこです! それはどこなんですか!?」
先生はニヤッと口元を歪めた。その顔は自信たっぷりで、期待が持てそうに思える。僕は思わず固唾をのみ、先生の言葉を待つ。
「ふふ、そこはね……ランブリッジ図書館よ」