同蓮
「君は!なんでいつもそうなんです!!」
「なんですかあれ」
「うちの名物」
部下や同僚から好奇の目で見られていることを承知で、鐵は怒鳴りつける。
「……でも勝った」
「結果論の話はしてねぇんですよこの考え無しが!」
しかしこう怒鳴りつけたとて、この目の前にいる人間の無鉄砲さがどうにかなるわけではないことなど、鐵は数十年前から知っている。
そういう人間なのだと矯正を諦め、こちらが適応しようと決意したのは昔の自分なのだが、こうやって戦地から確かな戦績と共に多くの傷を負って帰ってくるのを見る度、自責の念に駆られるのだ。
「指令にない勝手な行動をやめろといつも言っているでしょう」
「あの場面で退くなんて正気じゃないだろ」
「体に穴開いてる状態で敵地に突っ込んでいく方が正気じゃないですよ阿呆」
今回の戦いにおいて、鐵が管制を担当する部隊は敵拠点の制圧という輝かしい戦績を上げた。
しかしそれは部隊長である皇が撤退命令を無視して独断で突入した結果でもあった。上は皇と同じく結果論だけで事を見て褒め称えたらしいが、決して褒められた勝利ではないことを担当管制官である鐵が一番分かっている。これで万が一部隊が全滅でもしていたら、確実に罰せられるのは自分であるのだ。
「鐵さん大変そうっすね」
「いつものことだよ。まぁあんなこと言ってるけどさ、あいつ表向きの作戦の裏で皇少佐の性格から推測してシミュレーションした予備の作戦プラン立ててんだからな…イカれてんのはどっちなんだか」
「え、そんなことで可能なんですか?」
「長年の功ってやつ。幼馴染なんだとよ」
物心ついた時には、二人は身近にいた。
近所でも学校でも、鐵と言えば皇、皇と言えば鐵といったように認知されていた。競い合うように成長し、同じ「軍人」という将来を夢見た。ずっと共にいるのだと誓い、信じて決して疑わなかった。
しかし、そう現実は甘くなかった。
訓練兵時代、血筋からか周囲よりも体格が良く右肩上がりの成績を叩き出す皇に対し、筋肉のつきにくい鐵はあるときから成績が停滞した。いくら訓練を重ねようと、その成績は目覚ましい伸びを見せることはなく、皇との成績の差は歴然だった。更には人一倍努力しようとも同期や後輩に次々と追い越され、所謂『落ちこぼれ』にまで落ちぶれた。
そこまでに至ってから、鐵はやっと目を背け続けていた現実と向き合った。
そして、「自分は軍人には向いていない」と誰が見ても明らかな事実を受け入れたのだ。
自覚し受け入れた鐵の行動は早かった。上官に訓練兵を辞めたいと申し入れ、許諾をもらうとすぐに身辺整理をし、寮を退居。荷物を実家へと送り返した。そしてあとは自分が去るだけとなった状態で、皇に会いに行った。既に鐵が辞めることは周知されていたようで、皇は大層不機嫌そうに立っていて、話しかければ開口一番に胸ぐらを掴まれた。
「なんで」
「なんでも」
「ずっと一緒にいるんじゃなかったのか」
「そうだな。でも無理だ」
「ふざけるな」
「お前も分かってるだろ」
「うるさい」
「現実を見ろ。もう夢見がちな子供じゃいられないんだ」
「うるさい!」
鐵は自分の胸ぐらを掴む皇の手にやんわりといなすように触れる。自分よりも一回り以上大きな腕や体を前に、抵抗しようとは思わなかった。
しばらく目線だけの冷戦が続き、大きな舌打ちをして皇は乱暴に手を離す。そして、最後にもう一度鐵を睨むように一瞥し、去って行った。
『本日より部隊の管制を担当します。鐵です』
「……今、鐵って言ったか?」
あの決別から数年。二人の再会は通信越しだった。
『はい、鐵ですが』
「お、お前……!」
『作戦の確認に入りますね』
作戦開始直前ということもありその再会に感動の「か」の字もなかったが、形は違えど夢に見た背中を預けるという関係になれたことにお互い歓喜していたのは事実だった。
その証拠に、皇はいつも以上に暴れて全治一ヶ月ほどの怪我を負い、鐵は管制官として新人の立場でありながらそれを忘れ、管制室中に響き渡る声で皇を怒鳴りつけた。
管制室を騒がせるあの名物は、ここから始まったのである。
「なんてこともあったな!」
「そんな笑い事でもないと思いますよ、隊長」
ガハハ、と大口を開けて笑う皇に部隊に所属する部下がなんとも言えない顔でそう言った。
作戦開始直前の前線基地。状況も気候も環境も、二人が再会したあの時と酷く酷似した日である。鐵からの次の通信が入れば、皇の率いるこの部隊はすぐそばにある敵の要塞へと突入することになっている。上が導き出したこの作戦の勝率は半分。そんな綱渡りのような作戦に対する賛否両論の中、実行を後押ししたのは鐵だった。
「うちの部隊なら他の部隊より勝率を10%は引き上げられるかと」
皇とその部隊を信じてそう断言した鐵に対し、皇は絶対に応えなければならないと決意して此処にいた。
しかしそれにしても、作戦開始の一報が遅い。待機と言われてから、一時間は経っている。
敵地を前にして、これまでにない長時間の「待て」をされて、戦場に飢えた部隊の人間は犬のように落ち着かない様子を見せていた。
それを見兼ね、皇は一度こちら側から通信を入れることにした。
「こちら皇。作戦開始の合図を待機してだいぶ経つが、何かあったのか?」
しばらくして、ノイズと共に管制室から通信が入る。
『こちら鐵。通達します。本日の作戦は中止になります』
「中止?おい、何があった」
『……落ち着いて聞いてください。本拠地が襲撃されました』
「……は?」
『上との連絡が取れません。警備兵からの通信も途切れました。…ここはまだかろうじてと言ったところですが、ほとんど籠城状態にあります』
「持ち堪えられるか。今から戻る」
『…………いや、っ!?』
「おい、どうした?!」
通信は切れていない。
何人かの荒々しい足音、何かが薙ぎ倒されたような音。悲鳴と怒号。そして、銃声。
皇は通信越しにほとんど怒鳴るような切羽詰まった声をかけ続けた。待機していた周囲の兵士たちもその異常さを察知したのか、息を詰めて皇の方を見つめた。
「返事をしろ!」
『…………そんな大きな声を通信越しに出すな……音割れが酷い……うっ』
「無事か?!」
『……あー……はは。……残念ながら』
腹に穴が開くって、こんな感覚なんだな、と鐵が力無く笑う声。
皇の目の前は真っ赤になって、真っ黒になった。体が震えているのは絶望か、怒りか。本人もわからない。
「今から戻る」
『……冗談言うな。戻って、くるんじゃない……』
「何を言ってるんだお前は!」
『わかる、だろう……?こっちに戻ってきても、もう、どうにもならない』
「……」
『だ、から。逃げろ……どこかに……っぐ、ぅ』
「……っ!」
自国の中央に位置する軍の本拠地が襲撃され、その中でも入り組んだ奥にある管制室が制圧されたともなれば、最早国の存続は絶望的と言えることなど、あまり頭脳に強くない皇でも分かっていた。
ゆっくりと顔を上げ、自分が率いる部隊の一人一人の顔を見る。どの顔にも、この状況を理解したのか絶望の色が浮かんでいた。
「……分かった」
通信機に向かってそう一言呟くように言った皇は、再度部隊全員の方へ顔を向けた。
「只今をもって、この部隊は解散とする!」
部隊がざわついた。それでも構わず皇は続ける。
「たった今、我が軍の本拠地の陥落を確認した。……この戦争は、我々の負けだ」
「隊長」
「もう隊長ではない」
「……皇少佐」
「なんだ」
「あなたは、これからどうするおつもりですか」
部隊は解散し、ある兵は故郷の家族の元へ戻り、ある兵は放浪の旅に出る決意をして思い思いの方向へ去って行った後、残ったのは皇と皇が一番近くにおいていた部下だった。
「……戻る」
「えっ……」
「国に戻る」
「でも!鐵管制官は逃げろって言ったんですよね?!」
「そうだな」
「じゃあ逃げるべきです!あの人たちの死を、無駄にしてはいけない!」
「ああ。でも、約束を、守らなければいけないんだ」
「約束……?」
「ずっと一緒にいると約束した。あいつはちゃんとこの約束を守ったのだから、こちらも守らなければ合わせる顔がない」
「そんな」
「お前も、逃げろ」
いつも荒っぽかった隊長の諭すような優しい声音に、元部下の兵士は帽子の鍔を握り締め、深く深く最期のお辞儀をすると、踵を返して去って行った。
その姿が見えなくなってから、皇は片手に持っていた通信機を口元に近づけた。
「生きているか」
『……けほっ……』
皇が耳を澄ますと、ヒューヒューと芳しくない息遣いが聞こえた。間に合うだろうか。いや、間に合わせなければならない。
「今から向かう」
『…………阿呆め……』
「……死ぬなよ」
約束を守らせてくれ、とは口にしなかった。
あちこちで黒煙や火の手が上がる見るも無惨な街を、血に塗れた剣を掲げた軍人が一人駆け抜けて行く。遥か昔に交わした、一人の友との約束を守るため。「ずっと一緒」という夢見がちな子供の頃の夢を叶えるため。
その手にずっと握り締められていた通信機からは、とっくになにも聞こえなくなっていた。




