第七章 風を読む 那須与一宗隆 手塩の弓 第七章から第十章 全十章
第七章:屋島の荒波、揺れる標的
一、英雄への喝采と、冷めた視線
「射たり、与一! 源氏の勝運、ここに極まれり!」
義経は馬を寄せ、自らの扇を叩いて狂喜した。源氏の将兵たちは地を揺らすほどの勝ちどきを上げ、与一を「神仏の加護を受けた英雄」として担ぎ上げようとする。
だが、馬を降り、主君・朝綱の前に膝をつく与一の背中は、汗と潮飛沫で煤け、英雄の輝きなど微塵もなかった。
彼の耳に響いているのは、喝采ではなく、那須の山を抜ける空ろな風の音と、「次は、兄さんたちを射ることになるのか」という、胸を刺す沈黙だけであった。
足元の砂が、波に洗われるたびに崩れていく。その不安定さが、今の源氏の姿に見えてならなかった。
二、朝綱の「囁き」と鎌倉の影
祝宴の篝火がパチパチと爆ぜ、海風に煽られて不規則に揺れる陣の片隅。宇都宮朝綱は与一を呼び寄せた。
「与一、義経殿の側にはあまり近づくな。あの御方は、天に届くほどの光を放っておられるが、その影に呑まれた者は、誰一人として戻ってこれぬ」
朝綱の視線は、陣の入り口に佇む一人の男――安達盛長を捉えていた。盛長は、義経の勝利を祝うこともなく、手元の文に何事かを淡々と書き記している。筆の動きには一切の迷いがなく、それはまるで、戦のあとに訪れる「処刑の名簿」を綴っているかのようであった。
「鎌倉の殿(頼朝)は、戦の天才を求めているのではない。己の『法』に従う犬を求めているのだ。……安達殿は、貴様のあの一射を、ただの『道具の性能』として検分された。それでいい。それでいいのだ、与一。目立つのは道具だけで十分だ」
三、那須の「空白」と兄たちの顔
「……御曹司(義経)は、俺に『那須の誉れだ』って言いました。でも、あそこから見えたのは、誉れじゃねぇ。海に浮かぶ、九人の兄さんたちの顔だっぺ」
与一は、主君の前で初めて弱音のような独り言を漏らした。
「兄さんたちは、平家の船にいる。次の戦になれば、俺はあいつらを、あの扇と同じように射抜かなきゃなんねぇ……。朝綱様、これが武士の『名誉』なんですか?」
朝綱は答えず、ただ与一の肩に重い手を置いた。知略家として鎌倉と京を繋いできた朝綱にも、この「一族同士の殺し合い」という、武士の業だけは消すことができなかった。
那須の山で、獲物を分け合ったあの食卓の温もりは、潮風にかき消されていく。
四、職人の決意と、「しぶとい」祈り
与一は再び、自分の煤竹の弓を見つめた。
義経という天才が描く「美しき滅び」の夢。安達盛長という権力者が描く「冷徹な秩序」の図。
そのどちらにも、那須の人間が家族と囲む、穏やかな飯の場所はない。
「……俺は、英雄になんてなりたくねぇ。ただ、仕事を終わらせて、那須に帰るだけだ。たとえ兄さんたちを敵に回しても、誰一人、死なせはしねぇ。……しぶてぇんだっぺ、那須の人間は」
与一は、暗い海に向かって小さく呟いた。
「外せば切腹」という重圧さえ、彼は「一族を食わせるための条件」として飲み込んだ。
揺れる標的は、もはや扇ではない。
波間に浮かぶ、那須一族の「明日」そのものであった。
後書き
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
那須与一というあまりに有名な英雄を、もしも「英雄になりたくなかった、一人のストイックな職人」として描いたらどうなるか。そんな発想からこの物語は始まりました。
華やかな源平合戦の裏側で、泥臭く「生存」を追い求めた那須一族の執念を感じていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。八百年の時を超えて、今を生きる私たちの背中にも、あの「那須おろし」のような力強い風が吹くことを願っております。
【作者からのお願い】
もし「与一の生き様に共感した」「那須一族のしぶとさに勇気をもらった」と思っていただけましたら、画面下のブックマーク登録や、評価の**「いいね(点数)」**をいただけますと幸いです。
皆様の一つひとつの応援が、次なる物語を紡ぐ「風」となり、何よりの励みになります。
また別の物語、あるいは那須の空の下でお会いしましょう!
ごっつぉさんだっぺ!




