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理屈屋賢者と脳筋勇者  作者: 布団が本体


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第6話 商都(1)


 商都の城門は、見えてから着くまでが長かった。


 城壁の高さから距離を逆算していた。合わない。歩いても門が近づかない。街の規模を見誤っていた。


「でかい」


 勇者が言った。初めて見る大きさのものに対して、こいつの語彙はいつもこの一語だ。


 門をくぐった。


 肌が変わった。


 精霊力だ。大気中の精霊力の質が、門の内と外で違う。村の周辺では精霊力は土壌から湧き、水脈に沿い、大気に散った。風のように、どこからともなく触れてくる。


 ここは違う。精霊力はある。むしろ濃い。だが流れていない。壁の中、石畳の下、建物の梁——方向が決まっている。一方向にしか動いていない。何かの経路を、通されている。


 大通りの両側に精霊灯が並んでいる。昼だ。昼なのに灯っている。見上げて分かった。建物が高い。三階、四階、その上。日が差さない通りを精霊灯が昼にしている。通りの中央では精霊力で動く噴水が水を吹き上げ、光を含んだ飛沫が通行人の肩に落ちている。


 華やかだ。村とは比較にならない。


 噴水の精霊力を辿った。地面の下から一直線に上がっている。途中の分岐も拡散もない。蛇口を開けたような流れだ。照明も同じ。壁の中の経路から一方向に供給されている。


 水道だ。水道のように精霊力が配られている。


 風と空調の違い。温度は同じでも、肌が知っている。この街の精霊力は、自然に流れていない。通されている。


「飯」


 勇者が言った。噴水も精霊灯も見ていない。


 あとで考える。精霊力の管理構造も、この違和感も。先にこいつの腹を黙らせないと思考が持たない。



 飲食街は大通りの東側にあった。


 匂いだけで五種は判る。焼いた肉、煮込んだ豆、香辛料、パン、甘い菓子。全部、俺たちのものではない。


 勇者が最初の店に入った。止める間もなかった。


「飯をくれ」

「いらっしゃい、何名様?」

「二人」

「お席へどうぞ、本日のおすすめは——」

「金はない」


 間があった。


「……はい?」

「金はない。飯をくれ」


 店主の笑顔が残ったまま、目が死んだ。


「うちは慈善じゃないんで」

「慈善って何だ」

「お引き取りください」


 出された。


 二軒目。金がないと告げた瞬間、扉の外に立っていた。三軒目は金の有無を聞かれる前に、身なりを見て断られた。


「おい、賢者」

「なんだ、勇者」

「この街、飯くれる奴いないのか」

「金を出せばくれる」

「金はない」

「だから問題なんだ」


 勇者が首を傾げている。怒っていない。本当に不思議そうだ。この街の人間が金のない相手に飯を出さないことが、こいつには理解できていない。


「村の子供はくれたぞ。パン」


 あの少女だ。見知らぬ旅人に焼きたてのパンを差し出した。理由はない。合理的に説明できない。損得で言えば損だ。


「あれは例外だ」

「例外って、説明できないってことだろ」


 黙った。こいつは時々、分析の隙間を正確に突いてくる。自覚がないから厄介だ。


 飲食街を抜けた。大通りの端に裏道がある。精霊灯の間隔が広がり、建物の質が落ちる。金の匂いが薄い場所だ。


「歩くぞ」

「飯は」

「当てがある」


 ない。だがそう言わないとこいつは座り込む。



 路地裏に入った。


 壁は煤けて、大通りの華やかさは届いていない。だが精霊力の経路は通っている。ここにも。同じ管理構造だ。光の量が違うだけで、管理は街の隅まで行き届いている。


 左手が冷たい。


 薬指の指輪だ。普段はほんのり温かい。精霊力を帯びた金属の体温のようなものだ。それが、冷えている。


 表面に触れた。精霊力の振動がある。中のものが動いている。


 まずい、と思った時には遅かった。


「——あたし無理」


 指輪の石から光が弾けた。


 小さな光だ。掌に収まる大きさの光が空中で膨らみ、輪郭を作る。人の形。半透明。子供のような体型。腕を組んで、俺を見上げている。


 ディーネ。


「この街気持ち悪い。何この精霊力。繋がれてんじゃん全部。無理無理無理」


 出た瞬間から全開だ。


「戻れ」

「無理って言ってんの聞こえない? あんた何この街連れてきてんの。相談とかないわけ?」

「お前に相談する事柄はない」

「はあ? あたしあんたの指輪ん中でずっとビリビリ来てたんだけど。気持ち悪くて死ぬかと思った。死なないけど」

「死なないなら問題ない」

「人の気持ち考えないタイプ?」

「人ではないだろう」

「うっわ」


 ディーネが両手を広げた。呆れた身振りだ。半透明の体が路地の精霊灯を透かしている。


「お前誰だ」


 勇者だ。ディーネを見ている。目が丸い。


「あ? あたしディーネ。精霊。こいつの指輪に住んでんの」

「住んでるのか」

「住んでる。家賃とか払ってないけど」

「そうか」


 勇者がしゃがんだ。ディーネと目線を合わせている。


「かわいいな」


 ディーネが固まった。


「……は?」

「小さくて光ってる。かわいい」

「あんた頭おかしくない?」

「よく言われる」


 ディーネが俺を見た。何こいつ、と顔に書いてある。説明する気はない。俺にも分からない。


「で」


 話を戻す。


「この街の精霊力だが」

「あ、そうそう」


 ディーネが空中に浮いたまま、腕を組み直した。声のトーンが少しだけ変わる。


「この街の精霊、繋がれてるよ」

「管理されている、とは思った」

「管理っていうか繋がれてる。精霊が自分で動いてないの。どっかから引っ張られて、中通されてんの。水道と一緒」


 噴水で見た一方向の流れ。やはりそうだ。


「精霊がどこかに集められて、そこから配給されている」

「そう。でさ、その集まってるとこがヤバい。あたし指輪の中からでも分かった。全部どっか一か所に向かって繋がってんの。めちゃくちゃ太いのが一本」

「中枢がある」

「たぶんね。あたしそこ近づきたくない」


 ディーネが身を震わせた。半透明の輪郭がぶれる。


 精霊が精霊力の管理構造を不快に感じている。自然の流れの中にいる存在にとって、管理された精霊力は——何と言えばいい。拘束か。


「指輪に戻れるか」

「だから無理だって。振動がうるさすぎて、あの中にいらんない。出てる方がまし」


 この街にいる間は、ディーネが外に出たままになる。


「……面倒だな」

「あたしのセリフなんだけど」


 精霊が管理されている街だ。野良の精霊を連れ歩けば目を引く。姿隠しの術をかけた。ディーネの輪郭が揺らぎ、路地の空気に溶ける。


「え、ちょっと——消えてんだけどあたし」

「声は抑えろ」



 路地裏のさらに奥で安宿を見つけた。看板が半分剥がれた二階建てだ。一泊の値段を聞いた。手持ちでぎりぎり足りた。部屋は狭い。寝台が二つと窓が一つ。


 勇者はもう寝ている。横になって三呼吸で落ちた。


 窓の外を見た。夜だ。だが暗くない。


 精霊灯が街全体を照らしている。大通りも路地も、屋根の上も。均一に光っている。暗がりがない。一つもない。村では夜は暗かった。精霊の光は月明かりに似て、足元が辛うじて見える程度だった。


 この街の夜に影がない。


「あの光、全部繋がってる」


 ディーネが窓辺にいた。欄干に座って、足をぶらぶらさせている。さっきまでの喧しさが嘘のように静かだ。


「真ん中のどっかから、全部の精霊灯に流してる。一個一個灯してるんじゃなくて、元栓から配ってんの」

「元栓」

「あたしの語彙にケチつけないでよ」

「つけていない。分かりやすい」


 元栓から経路を通して、街中の精霊灯に精霊力を配給する。一括管理。効率的だ。


 村の精霊は——契約だった。精霊と人間が向き合い、合意し、対価を交換した。贄という歪んだ形だったが、そこには双方の意思があった。


 窓から差し込む光が手の甲を照らしている。温かくはない。


 この街では精霊が管理されている。経路で繋がれ、配給されている。契約ではない。運用だ。


 どちらが正しい、とは言えない。言えるだけの判断材料がまだない。


 ディーネの背中を見た。小さな半透明の体が、管理された光に照らされている。


「気持ち悪い」


 ディーネが呟いた。街を見つめたまま。


「きれいだけど、気持ち悪い」


 精霊灯が明滅した。一瞬、街が暗くなり、すぐ戻った。


 ディーネが振り返った。


「今の、分かった?」

「供給の瞬断か」

「違う。精霊が震えたの。繋がれたまま」


 黙った。ディーネの目から、さっきまでの軽さが消えている。


 窓の外では、何事もなかったように街が光り続けている。暗がりのない夜。管理された美しさ。


 この管理は誰が、何のためにやっているのか。今日のところは答えが出ない。まだ一日目だ。


 寝台に横になった。目を閉じても精霊灯の光が瞼の裏まで届く。この街では闇が来ない。勇者の寝息が聞こえる。ディーネは窓辺から動かない。


 明日はまず金だ。金がなければ飯がない。飯がなければ——。


 考えている途中で、意識が落ちた。


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