誠実の花
誠実な人。
彼を一言で表すならその言葉しか浮かばない。
百人に聞いても八十九人はそう答えるだろう。
でも彼はそう言われると困った顔をする。
自分ではそう思っていないようだ。
私の知る限りでは彼ほど誠実な人はいないのに。
どうしてなのだろう?
そんなことを考えていると花壇の前にしゃがみ込んでいる彼を見つけた。
そっと近づいていく。
彼はビオラの花に話しかけていた。
「お前だって誠実だって言われて困るよな」
これは聞かれたくないやつだ。
そっと踵を返そうとした。
だけど小枝を踏み、音を立ててしまった。
ぱっと彼が振り向く。
「……聞いてた、よね?」
「あ、はい。すいません」
「気にしないで。こんな誰に聞かれるかもわからない所で花に話しかけていた僕が悪い」
「いえ、そんなことは……」
言葉が続かない。
気まずい沈黙が下りた。
このまま立ち去るのが正解なのだろうけど、何となくできなかった。
それならと思いきって訊く。
「誠実って言われるのは嫌ですか?」
「嫌って言うほどではないよ。でも僕はそんなできた人間じゃないから申し訳ないなって。結構ずるいことだってするし」
眉尻を下げて彼は弱々しく微笑う。
だから自分は誠実と呼ばれるに値しないと本当に思っているのだろう。
「やっぱり誠実ですね」
「え?」
「生きていればずるいことしちゃう時もあります。普通ですよ。そんな自分は誠実じゃないって申し訳なく思っちゃうところが誠実なんだと思います」
彼は困惑した顔になる。
困らせてしまうだけだったようだ。
「って、言われても困りますよね。ごめんなさい。ただの一個人の感想だと思っていただければ」
「ううん、ありがとう。少し、気が楽になったよ」
彼は少し微笑ってくれた。
気を遣われたのだと思う。
「それならよかったです」
私は微笑んでこう返すしかない。
情けない微笑みになっていないといいのだけど。
「君のほうが余程誠実だと思う」
「え、いえ、そんなことは全然」
手まで振って否定する。
そんなのおこがましい。
「ほら、君だって否定する」
「あ、はい、そうですね」
確かに自分が言われれば肯定しにくい。
「やっぱり誠実だと思うよ」
「……ありがとうございます」
微妙に納得できないのが声に滲み出てしまった。
彼が微笑う。
先程よりずっと自然な笑顔だ。
「本当にありがとう。それじゃあ、また」
「あ、はい」
手を振りどことなく晴れやかな顔で彼は去っていった。
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