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小さな花の物語  作者: 燈華


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清浄の花

一歩部屋に入ると空気が違った。


清浄な空気というのはこういうものか。

そうであるならば、今まではどれほど淀んだ空気の中にいたのか。


初めて呼吸が楽だと思った。

これは一度知ってしまえば戻れなくなる。


危険、かもしれない。

だってここは簡単に入れるような場所ではない。


「どう? 少しはリラックスできた?」


この部屋の主が訊いてくる。


「うん。何か呼吸がしやすい」

「そっか。よかった」


彼はほっとしたように表情を緩めた。


「部屋に招いてくれてありがとう」

「ううん、これくらい。見ていられなかったから」


思わず手を差し伸べてしまうくらい私は見ていられなかったようだ。

ただそんな自覚はなかった。


「そんなにだった?」

「うん。君は頑張りすぎなんだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。いつもいっぱいいっぱいの様子で疲れた顔をしている」


言われてみればそうかもしれない。

いつだって私には余裕がない。

私は不器用で何をやるにしても人より何倍も時間がかかってしまう。


どんなに頑張っても無理だった。

だけどその頑張りすら私自身を追い込んでいたのかもしれない。

あまり人に関心のない彼が心配して思わず手を差し伸べてしまうほど。


ここは彼の自宅だ。

植物マニアとあだ名される彼の部屋は本当に植物だらけだ。

滅多に人を招くことはしないとも聞いていた。


物珍しさもありついつい部屋を見回す。


「いくらでも見ていていいよ」

「ありがとう」


ふらふらと動き回りながら見ていき、ふと目を惹かれて立ち止まった。


目に留まったのは三枚の花びらを持つピンク色の花だ。


後ろをついてきていた彼に訊く。


「この花は何て言うの?」

「うん? ああ、それはリカステって言うんだ。ランの一種だよ。その花姿の可愛らしさから『ランのプリンセス』って呼ばれてるんだ」

「リカステ」


その名前だけが心に残る。


「気に入ったならあげようか?」

「ううん。だけど、たまに見に来てもいい?」

「うん、もちろん。いつでもどうぞ」

「ありがとう」

「もう少しここにいるといいよ。僕はお茶を用意してくるよ」

「ありがとう」


彼は微笑むと自然な動作でぽんと頭を撫でて離れていった。


え?


ぽかんとして思わず動きを止める。


今の、何?


疲れのことも植物のことも頭から吹っ飛んでしまった。

彼が全く変わることのない様子で戻ってくるまで、私は一人頭の中でぐるぐると彼の行動の意味を考えてしまっていたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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