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リラ・ヴェルノアの選択  作者: 夜の現在地
“眠る王国“マグナレオール
32/54

夜会の入口

夜会は、音楽と光に満ちた華やかな場所。

けれど――そこへ入る前の一歩は、不安を含んでいる。


ついに、運命の扉の前に立ちます。


 小さな卓の上に、開いたままのメニューが置かれている。


 リラは、そのページをじっと見つめていた。


 ――ハーブの温かい飲み物。

 ――果実をすり潰した冷たいもの。

 ――ミルクに香辛料を混ぜた甘いもの。


 どれも好きなはずだった。

 普段の彼女なら、三秒で決めている。


 なのに。


 指先が、どの文字にも触れない。


 視線が、ページの上を行ったり来たりしているだけで、

 頭の中は、まったく別の場所にあった。


 深い緑の花。

 ガラス張りの庭園。

 夜の店で流れていた、あの歌。


 そして――


 「……似合ってる」


 あの声。


 リラは、はっとしてメニューから目を離す。


 頬が、ほんのり熱い。


「……だめ……集中しなきゃ」


 小さく呟いて、もう一度メニューに視線を戻す。


 でも、文字がうまく入ってこない。


 この飲み物はどんな味だったか。

 これは、前に飲んだことがあったか。


 そんなことより、


 “あの人は、どんなドレスが好きなんだろう”


 という考えが、頭の奥でぐるぐるしている。


 昨日の言葉。

 自分の服装。

 舞踏会の夜。


 それらが絡まり合って、

 目の前の一杯を選ぶだけのことが、やけに難しくなっていた。


 ――コツン。


 机の横で、控えめな音がした。


「あの……お客様」


 顔を上げると、店員が少し困った笑みを浮かべて立っている。


「もう……二十分ほど、こちらを見ていらっしゃいますが……」


 リラは、固まった。


「……え」


 慌てて、メニューを見る。

 本当に、同じページのままだ。


「も、もうそんなに……!?」


 店員は、どこか優しい目で頷いた。


「ゆっくりで大丈夫ですが……何かお悩みでしょうか?」


 リラは、一瞬言葉に詰まってから、小さく首を振った。


「……いえ。ただ、ちょっと……」


 ――心が、ここにいなくて。


 そんなこと、言えるはずもなく。


「す、すぐ決めます!」


 慌てて言うと、店員は軽く笑って下がっていった。


 リラは、メニューを見つめながら、そっと息を吐く。


「……私、何やってるんだろ」


 飲み物ひとつで、こんなに迷うなんて。


 でも、胸の奥は、昨日のまままだ少しざわついている。


 そのとき――


 扉が、勢いよく開いた。


「リラ!!」


 聞き慣れた声。


 マレイアが、店の中を見回してから、こちらに気づいて大きく手を振る。


 そして、一直線に駆け寄ってきた。


「おはよう! ねえねえねえ!!

 昨日どうだったの!?!?」


 リラは、まだメニューを手に持ったまま、ゆっくり顔を上げた。


「……マレイア、まず座って」


 マレイアは、リラの向かいの椅子にどさっと座った。


「で!どうだったの!? 昨日!!」


 身を乗り出す勢いが、そのまま机を揺らしそうなほどだった。


 リラは、まだメニューを閉じないまま、ゆっくりと息を吐く。


「……あのね、マレイア」


「なに!?」


「ここはお店で、私たちはお客さん。

 飲み物を頼まないといけないの」


 マレイアはきょとんとする。


「……うん?」


「すでに私、二十分も悩んでしまってて。

 これ以上迷惑をかけたら、本当に追い出されるわよ」


 マレイアの目が、すっと細くなった。


「……二十分?」


 その単語を、噛みしめるように繰り返す。


「へえ……二十分……」


 にやり。


「……あー、なるほどね。昨日、なんかあったな?」


「……違うから」


 リラは視線を逸らす。


「違うって顔じゃないけど」


 マレイアは楽しそうに頬を緩めたまま、メニューを引き寄せた。


「まあいいや。後でじっくりいじめるとして……とりあえず頼も」


「……言葉遣い」


「はいはい」


 二人はそれぞれ飲み物を指さして注文する。

 マレイアは、受け取った紙を店員に渡しながら、まだ口元に笑みを残していた。


 飲み物が運ばれてくると、マレイアはわざとらしく咳払いをする。


「コホン」


 リラは嫌な予感しかしなかった。


「それで?」


 マレイアの目が、きらりと光る。


「昨日。なにがあったの?」


 リラは、カップを両手で包みながら、少しだけ視線を落とした。


「……別に、大したことは」


「はい嘘」


「まだ何も言ってないのに」


「分かるの。そういう顔してる」


 リラは小さくため息をついてから、ぽつりぽつりと話し始めた。


 庭園のこと。

 ガラス張りのドーム。

 深い緑の花。

 シグの静かな説明。


 そのたびに、マレイアは身を乗り出してくる。


「うんうん!」


「それでそれで!?」


「きゃー! 庭園デート!?」


「え、なにそれロマンチックすぎない!?」


 リラは、そのテンションを横目で見ながらも、淡々と続けた。


 最後に、夜の店の話になる。


「……歌が流れてて」


 リラの声が、少しだけ低くなる。


「お店の中は、賑やかなはずなのに……

 私たちの周りだけ、時間がゆっくり流れてるみたいで……」


 マレイアは、テーブルに身を乗り出したまま、目を輝かせている。


「うんうんうん!! それで!?!?」


 リラは、一瞬だけ言葉を探してから、続けた。


「……目が、あったの。

 シグと」


「きゃーーー!!!」


 マレイアが両手で口を押さえて、椅子の上で跳ねた。


「なにそれ! 最高じゃん!!」


「し、静かに……!」


「それで!? それで!? そのあと!? キスとか!!」


「するわけないでしょ!!」


 リラの声が、思わず大きくなる。


「他の人もいたんだから!!」


 マレイアは、じっとリラを見つめたあと、ぽつりと心の中で呟く。


……いや、もうさ。

目が合って、空気が止まって、歌が流れてて。


お互いに“何か”を自覚してるのに、

なんで何も起きないのよ!!


そこまで行って、まだ様子見って……


じれったいにも程があるでしょ、この二人。

 

 ため息をひとつ、心の中で落としてから。


 マレイアの口元が、にやりと緩む。


……でも、だからこそ、続きが見たくなるんだよね。


 リラは、少し顔を赤くしたまま、話題を切り替えた。


「……それより。

 もうそろそろ、仕立屋に行かないと」


「え?」


「時間、かかるんでしょ? ドレス」


 マレイアは、わざとらしく肩を落とす。


「はいはい……現実に戻されましたー」


 でも、その目は、やっぱり楽しそうだった。


 *


 店の外に出ると、街はもうすっかり動き出していた。

 昨日の夜とはまるで違う、軽くて明るい空気。

 でも私の胸の奥だけは、まだあの歌の余韻を引きずっている。


 マレイアが、隣でにやにやしながら歩いている。


「ねえ、例の仕立て屋さんってさ」


 ちらっと私を見る。


「シグに教えてもらったところなんでしょ?」


「……マレイア」


「なに?」


「それ以上言ったら、本気で怒るわよ」


「はーいはーい」


 まったく反省していない声で返される。


 少し歩くと、通りの一角に落ち着いた佇まいの店が見えてきた。

 派手な看板もなく、でも、なぜか目を引く。


「……タラトレント」


 小さく、その名前を口にする。


「なんだか……格式を感じる名前ね」


「ね!楽しみだね!行こ!」


 マレイアに腕を引かれて、私は店の扉を押した。


 中に入った瞬間、思わず息を呑む。


 柔らかな灯り。

 壁一面に並ぶドレス。

 どれも、まるで絵画みたいに美しい。


 ……これ、絶対……高いよね……。


 心の中でそっとつぶやく。

 スートヴズリャート用のドレスだなんて言われたけれど、現実の値段が怖い。


 そのとき、奥のほうから元気な声が飛んできた。


「ちょっと待っててくださいねー!」


 ばたばたと足音がして、次の瞬間、明るい色の髪の女の子が顔を出した。


「わ! 可愛いお客さん!」


 ぱっと笑って、こちらへ駆けてくる。


「嬉しいなぁ、腕が鳴るよ!

 あなたが着るの?それとも二人とも?」


「この子!この子が着るの!」


 マレイアが、私の背中をばんっと叩く。


「聞いて!この子、スートヴズリャートに招待されたのよ!」


「えっ!? 本当に!?」


 女の子の目が、きらきらと輝く。


「すごいじゃん! うわぁ……それは……!」


 二人が一気に盛り上がる。


 私はその様子を見ながら、なんとなく思った。

 テンションと勢いと、人を巻き込む力。

 この二人、少し似ている。


「私はエリア! エリア・タラトレント!」


 胸を張って言う。


「こう見えて、有名なドレス、いくつも作ってるんだから!

 天才って言われることもあるんだよ!」


「はいはい」


 少し落ち着いた声が、奥から響いた。


「自己紹介はほどほどにしなさい」


 現れたのは、白髪交じりの紳士だった。

 背筋が伸び、眼差しは穏やかだ。


「ルーヴェン・タラトレントだ」


 軽く会釈する。


「この店の主で……こいつの父親でもある」


「うちの親父ね!」


 エリアが笑う。


 ルーヴェンは私たちを一瞥してから、静かに言った。


「スートヴズリャート……一ヶ月半後だな。

 正直、ぎりぎりだ」


「でも大丈夫!」


 エリアがすぐに割り込む。


「私たちに任せて! 絶対、すごいの作ってあげる!

 で、どんなのがいい!?」


 そこからは、嵐だった。


「シルエットはこれがいいよね!」

「いや、こっちのほうが上品だって!」

「刺繍は入れる? 入れるよね!?」


 マレイアとエリアが、次々と意見をぶつけ合う。

 私は、気づけば台の上に立たされ、あちこち測られ、布を当てられ――


 完全に、着せ替え人形だった。


「色どうする!?」


 二人が同時にこちらを見る。


 私は、少しだけ迷ってから、ぽつりと口を開いた。


「……色は……」


 深い緑の花が、脳裏に浮かぶ。


「……これが、いいなって」


 二人の目が、同時に光った。


「ふーん……」


 マレイアが、にやりと笑う。


「シグが好きな花ねぇ……」


「恋って素敵よね……」


 エリアまで、うっとりと言う。


「ち、違う……!」


 私は顔が熱くなるのを止められなかった。


 そこからは、ルーヴェンが要所要所で口を挟みながら、作業が進んだ。


「そのラインは違うな。もっとこうしろ」

「布の張りを考えろ」

「ここは、彼女の動きを邪魔しない形に変更だ」


 エリアは少し悔しそうにしながらも、すぐに修正していく。


 そして――


 三時間ほどをかけて、仮縫いが形になった。


「……」


 私は、鏡の中の自分を見て、言葉を失った。


 深い緑を基調にしたドレス。

 派手じゃないのに、息を呑むほど綺麗。


「……これ……」


 思わず、声が漏れる。


「……すごい……」


「でしょ?」


 エリアが誇らしげに胸を張る。


「シグ、倒れちゃうんじゃない?」


 マレイアがからかう。


 私は、恥ずかしがるのも忘れて、ただ鏡を見つめていた。


 その様子を、三人が少し離れたところから、温かい目で見ている。


 仮縫いのドレスを身にまとったまま、私は小さく一歩、前に出た。


 裾が、わずかに揺れる。


「……あ」


 エリアが、ぴたりと指を立てた。


「ちょっと待って」


 くるっと私の前に回り込んで、しゃがみこむ。


「……ほら」


 私の足元を指さす。


「歩くとき、ここが引っかかる癖、あるでしょ?」


「……え?」


 思わず、自分の足元を見る。


「ほら、左。ちょっとだけ内に入るんだよね。

 だから、ここのラインが一瞬だけ歪むの」


 エリアは、布の流れを指でなぞる。


「ほんの一瞬だけね。誰も気づかないくらい。

 でも、その“ほんの一瞬”で、ドレスの印象が変わるから」


 私は、息を呑んだ。


「どうして分かるの?自分でも気づいていなかったのに。」


「普通は見えないよ」


 エリアは、あっさり言った。


「でも、私には見える」


 エリアはそう言って、針を取った。


 ――ほんの数ミリ。


 布をつまみ、縫い線をずらす。

 彼女の指先は、迷わない。


 たったそれだけで、裾の落ち方が変わった。


「……もう一回、歩いてみて」


 言われるままに、私は小さく一歩を踏み出す。


 裾が揺れる。

 でも、さっきみたいに引っかからない。

 揺れが“乱れ”じゃなく、“意図”みたいに見える。


 私は思わず息を呑んだ。


 ルーヴェンが、静かに口を開く。


「ドレスは、止まってる人に着せるものじゃない。

 その人が歩いたとき、息をしたとき、迷ったとき――」


「その全てを、綺麗に見せるものなんだ」


 エリアは顔を上げて、にっと笑った。


「あなたはね、迷いながら歩く人。

 だから、このドレスも。

 迷って揺れて、それでも綺麗に見えるようにするからね」


 胸の奥が、ぎゅっとなる。


 どうしてこの人は、

 こんなふうに私を“見て”しまうんだろう。


「……すごい」


 思わず、そう呟いた。


 ルーヴェンが、静かに微笑む。


「エリアはな……。

 形を縫っているんじゃない」


「人を、縫っているんだ」


 その横顔は、誇らしさに満ちていた。


「……あれ?」


 ふと気づく。


「作るのって……ルーヴェンさんじゃないんですか?」


 ルーヴェンは、少しだけ微笑んだ。


「エリアが作る」


 そして、静かに続ける。


「こいつは……もうとっくに――俺を越えている」


 エリアが、一瞬だけ息を呑む。


「……もう!」


 照れ隠しのように叫ぶと、勢いよく布を抱えて奥へ消えていった。


「じゃあ! これで作るからねー!」


 その後、少しの静寂の後、ルーヴェンが言った。


 「……少し、時間はあるかな」


 穏やかな声だった。


 マレイアは察したように、にやっと笑う。


「私、表で待ってるね!」


 言うが早いか、さっと通りのほうへ行ってしまった。


 私とルーヴェンだけが、店に残る。


 ガラス越しに差し込む光が、壁のドレスを静かに照らしている。


「……驚いただろう」


 ルーヴェンが言った。


「エリアの仕事ぶり」


「はい……」


 私は正直に頷いた。


「……あんなに、一瞬で……」


 ルーヴェンは、ドレスの一着に視線を向ける。


「昔は、私もああだった」


 静かに、懐かしむように。


「城の舞踏会用のドレスを何十着も仕立てた。

 王妃の衣装も、王女の夜会ドレスも……」


 ほんの一瞬、遠い記憶を辿るように目を細める。


「だが……ある時、思ったんだ」


 彼は、私を見る。


「“選ばれた人間”だけが輝く場所ではなく、

 “輝きたいと願う人”すべてのそばにいたい、と」


 城直属を離れ、独立した理由。


「……だから、タラトレントはここにある」


 私は、静かにその言葉を受け取った。


「エリアが生まれてな」


 ルーヴェンの声が、少しだけ柔らかくなる。


「布に触れる前から、あの子は色と形を見抜いていた。

 初めて針を持ったときには……正直、震えたよ」


 誇らしさと、ほんの少しの戸惑いが混じる。


「“ああ、この子は、私より遠くへ行く”とな」


 そして、小さく笑った。


「いつの間にか……私は、娘の一番のファンになっていた」


 その言葉は、静かで、でも深くあたたかかった。


 私は、胸の奥が少しきゅっとなるのを感じながら、言った。


「……それって、すごく……素敵ですね」


 ルーヴェンは、目を細めた。


「そう言ってもらえると、救われる」


 私は、ふと、仮縫いのときの鏡の中の自分を思い出す。

 あのドレス。

 深い緑の色。


 胸の奥に、じんわりと期待が広がっていく。


 ――スートヴズリャートの夜。私は、どんな自分になるのだろう。


 そのとき、私は思い出したように口を開いた。


「……あの……」


「うん?」


「……そういえば……お代って、どのくらいになるんでしょうか……?」


 途端に、ルーヴェンの目が、きらりと光った。


「安心してくれ」


 ゆっくりと、口角を上げる。


「良心的にしておくよ」


 その“良心的”の言い方が、まったく信用ならない。


「……全然、安心できない……」


 思わず、正直な声が漏れた。


 ルーヴェンは、静かに笑った。


 ガラス越しに、マレイアがこちらを見て、手を振っている。


 私は深く息を吸って、一歩外へ出た。


 仕立屋を出た後、マレイアはまだ興奮していた。


「ねえねえねえ、凄かったよね!?

 あのドレス! 絶対、歴史に残るやつよ!」


「……落ち着いて」


 私は苦笑しながら、歩き出した。


 舞踏会まで、あと一ヶ月半。

 ドレスの作成は、もう動き始めている。


 私の覚悟も――

 少しずつ、縫い合わされていく。


 *


 それからの日々は、飛ぶように過ぎていった。


 講義が再開し、私はまた学生としての時間に戻った。

 最初は、どこか遠巻きに視線を感じたけれど――それも長くは続かなかった。


 人は、噂に慣れる。

 そして、日常は何事もなかったように戻ってくる。


 ノートを取り、課題をこなし、廊下ですれ違い、食堂で他愛もない話をする。

 あの夜の出来事が、まるで夢だったみたいに。


 シグとも、何度か会った。


 挨拶をして、少し話して、笑って別れる。

 スートヴズリャートのことには、触れなかった。


 触れたら――

 何かが動いてしまいそうだったから。


 だから私は、あえて何も言わなかった。

 天気のこと。授業のこと。最近読んだ本のこと。

 ただ、それだけ。


 それで十分だった。


 そんなある日。


 タラトレントから、一通の連絡が届いた。


 ──ドレス、完成しました。


 短い一文。

 でも、その文字を見た瞬間、胸の奥がきゅっと鳴った。


 ついに来てしまった。

 あの夜へ続く扉が。



 そして――

 スートヴズリャートの日。


 王宮の正門前は、すでに夜の光に満ちていた。上品な香りが通りを支配している。


 マグナレオールの街は、この日だけ、少しだけ別の顔になる。

 通りには柔らかな灯りが並び、石畳には星のような光が落ちている。

 風に乗って、どこかから音楽が流れてくる。


 まるで――

 街そのものが、ひとつの舞踏会みたいだった。


 シグは、その門の前で、ひとり立っていた。


 正装に身を包みながらも、どこか落ち着かない。

 視線は、何度も通りの先へ向けられる。


 ――まだ、だろうか。


 そのとき。


 遠くから、馬車の音が聞こえてきた。


 ゆっくりと、確かなリズムで近づいてくる。


 やがて、一台の馬車が門の前で止まる。


 御者が降り、扉が開かれた。


「……」


 シグは、思わず息を止める。


 先に現れたのは、付き添いの業者だった。

 そして、エスコートをされて――


 ゆっくりと、彼女が姿を現した。


 深い緑のドレスが、夜の灯りを受けて、静かにきらめく。

 布の流れは風に溶けるようで、まるで、夜そのものを纏っているみたいだった。


 リラだった。


 その瞬間。


 シグは――言葉を失った。

ドレスに縫い込まれた想いと、言葉を失った視線の行方は……

次回、ご期待ください。

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