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リラ・ヴェルノアの選択  作者: 夜の現在地
“眠る王国“マグナレオール
18/19

空に触れる国

やっと留学しました。ブックマークありがとうございます!

 列車がトンネルを抜け、減速する。

 窓の外に、白い光が流れた。

 駅へ到着し、扉が開く。

 私は列車を降りた瞬間、反射的に足が止まった。

 胸の奥が、すう、と冷えた。


 最初に視界へ落ちてきたのは、圧倒的な白の世界だった。

 それは雪の白であり、光を含んだ白――

いや、光そのものを固めたような色だった。

 その白が層を成して都市の骨格を作り、透明な水晶がその隙間を縫うように走っている。


 それはまるで、空へ向かって伸びるために存在しているような高さだった。


 マグナレオールを指して人はみな、様々な呼び方をする。

 魔法技術国家、白の都、光の階段、空に触れる国、結晶都市……そして“眠る王国“。


 その実態は、縦に伸びる巨大な“山のような都市国家”である。

建造物と山が溶け合い、上端は雲と雪に覆われている。


 それが、マグナレオールの王都であり、国家の象徴だった。

 ノクスヴァイ王国を遥かに凌ぐ規模を持つ、

世界最大級の都市国家――そう聞かされていた場所。


 不思議と、圧迫感はない。

 むしろ――空気の流れを作るように、視線の抜け道を作るように、都市そのものが呼吸をしているようだった。


 光が、反射していた。

 壁面の水晶が陽を受け、淡い色を溶かし、通りへ投げる。

 青、薄紫、透ける銀。

 それが人々の服に触れ、石畳の上に揺れて、都市全体を一枚の布のように包んでいる。


「……すごい」


 気がつくと、声が漏れていた。

 ほとんど無意識で発した言葉。


 ここが――マグナレオール。

 魔法と科学技術の融合文化と、学術の中心。

 自由と知の象徴と呼ばれる国。


 誇張じゃない。

 ううん。誇張どころか……足りてない。


 私は咳払いをして、気持ちを落ち着けようとした。

 でも無理だった。


 だって、胸がふわふわする。

 仕事のときのそれとは違う、もっと子供のような高揚が、胸の奥で弾けている。


 通りを行く人々の服装は様々だった。

 貴族のように見える者もいる。

 研究者らしい無地の装いもいる。

 工匠の腕章をつけた者が、笑いながら水晶の箱を抱えて歩いていく。

 学生らしい若者が数人、議論しながら階段を上がっていく。


 ――自由そう。

 自由……なのかな。


 目に入る全てが新鮮で、思考が追いつかない。


「……良い国ね」


 口にした瞬間、自分で可笑しくなった。

 何よそれ。外交官補佐として、いろんな土地を見てきたはずなのに。

 たった数分で「良い国」って。


 ――でも。

 うん。いい。

 好きになりそう。


 指定された宿は上層への入口に近い場所にあった。

 都市の構造は、立体的だ。

 地上があり、上層があり、その間を水晶の回廊と階段と、滑るように伸びた通路が繋いでいる。


 上へ行くほど、空気が澄む。

 人の声が少し遠くなる。

 光が柔らかくなる。


 私はつい、視線を上へ上へと向けてしまう。

 水晶の梁が空を横切り、白石の塔がそれを支える。

 その隙間を風が抜けるたび、都市が微かに音を立てているように感じた。


 ――ただひたすらに、圧倒されていた。


 *


 翌朝。宿の窓を開けた瞬間、白がまた目に飛び込んだ。


 光が建造物にぶつかって、散って、また集まる。


 落ち着け。

 浮かれてる場合じゃない。


 私は髪を整えながら、鏡の中の自分に小さく言い訳をした。

 今日からの私は、学生になる。

 外交官補佐でも、宰務局の補佐官でもない。

 ただの留学生として、この国の知の中心へ足を踏み入れる。


 王立大学は、街のさらに上にあった。


 巨大な門があるわけではない。ただ、水晶と白石で編まれた建築群が、自然と一つの区画を形作っている。


 それは区画というより、ひとつの“意匠”だった。

 建物の配置が、人の流れを導く。

 回廊が視線を上へ誘う。

 階段が呼吸のリズムを決める。


 そして――水晶。


 ここでは水晶が装飾ではなく、構造そのものだった。

 柱に埋め込まれている。

 床に透けている。

 天井から細い線のように降りて、光を集め、また逃がす。


 私は思わず歩幅を速めた。

 胸が軽い。

 心が、すごく軽い。


 ――魔法。

 ――ここにあるのは、魔法の国の“日常”。


 攻撃的な魔法はほとんど使われない。

 代わりに補助、構築、修復、変換。

 「生活を支える技術」としての魔法。


 知識としての魔法。

 制度としての魔法。


 ――まずい。既にもう、楽しすぎる。

 ここ、私にとっての天国かもしれない。


 受付は驚くほど簡素だった。

 木と白石のカウンター。

 その背後に水晶の板が薄く浮かび、そこに文字が淡く走っている。


「ノクスヴァイ王国よりの留学生、リラ・ヴェルノア様ですね」


「はい」


「確認は取れております。こちらへ」


 対応は丁重だ。

 礼儀正しく、言葉の端々に敬意がある。


 でも――歓迎しているのに、どこか「決められた範囲」でしか近づけない。


 案内された廊下は長く、静かだった。

 窓から光が落ち、床の水晶がそれを拾って反射する。

 歩くたび、私の足元に薄い光の帯が伸びていく。


 ――綺麗。すごい。

 でも、なんでこんなに……静か?


 学生が行き交う場所とは思えないほど、音が吸われている。

 私の靴音さえ、少し遅れて消えていく。


 通された先は、学長室だった。


 扉は分厚い白木で、取っ手に小さな水晶が埋め込まれている。

 それが触れた瞬間、微かに温度を返した。

 まるで「誰が来たか」を覚えているみたいに。


 中に入った瞬間、空気が変わった。


 広い。

 ただ広いだけではなく、空間の余白が“意図的”に作られている。

 天井は高く、そこから落ちる光は柔らかい。

 壁一面に並ぶ書架は、ただの本の列ではない。

 分類が、配置が、秩序そのものだ。


 そして中央――大きな机。

 白石の天板に水晶の筋が走り、淡く発光している。

 その光が呼吸するように明滅し、部屋全体の明るさを一定に保っていた。


 ――この部屋、学長室っていうより……研究室と神殿が混ざって出来ているみたい。


 私は口を開けそうになって、慌てて閉じた。


 そして、そこにいたのが、ランストゥード卿だった。


 椅子から立ち上がる動作が、ひどく滑らかだった。

 背が高い。

 姿勢がいい。

 そして――視線が強い。


 ただ睨むような強さじゃない。

 「見抜こう」とする強さ。


 髪は灰に近い金。

 整えられているのに、どこか自然で、飾り気がない。

 服装は質が高いが、派手ではない。

 胸元に、大学の紋章――水晶と白石を象った徽章が小さく留められている。


 年齢は……四十前後に見える。

 でも目が若い。

 疲れを感じさせない。


「リラ・ヴェルノア殿」


 声は低く、落ち着いていた。

 余計な響きはなく、言葉が、そのまま形として届く。


「ようこそ、ランストゥード・マグナレオール《王立大学》へ。

 私はイヴァン・ペルトヴィート。

 もっとも、この場ではランストゥード卿と呼ばれることが多い。

 君も、それで構わない」


「リラ・ヴェルノアと申します。

 このような温かい歓迎を賜り、心より感謝いたします。

 マグナレオールの学びに触れられる機会を、光栄に思います」


 私は礼をした。

 その瞬間、彼の視線が私の白髪を一瞬だけ掠めた気がした。

 だが、そこに驚きはない。


 ――嫌な確認じゃない。

 でも、その確認をリラは“記憶“した。


「ノクスヴァイからの留学生は、我々にとっても価値がある」


 価値。

 その言葉が、少しだけ胸の奥に引っかかる。


「君の国は武力を持たず、均衡と知恵で生き延びてきた。

 その知恵は、学問の場において非常に興味深い」


 私は頷いた。

 外交官補佐としての顔が、自然と浮かぶ。


 でも同時に、心の中で別の声が叫ぶ。


 ――知の権威に、認められてる。ちょっと嬉しい。


 ランストゥード卿は、机の上の書類に視線を落とし、淡々と続けた。


「本日、入学手続きは完了する。

 明日から授業が始まる。

 ここでは君は一学生だ」


「丁重な扱いは約束する。

 だが、過度な特別扱いはしない」


「承知しています」


 ランストゥード卿の礼儀は完璧で、距離も完璧だった。

 その“完璧さ”が、少し息苦しい。


 ランストゥード卿は私を見て、口角を上げた。

 笑みというほど柔らかくない。

 でも冷たいわけでもない。


「緊張しているか」


「……はい。少し」


 素直に言うと、彼は頷いた。


「それでいい。

 緊張は、学ぶための姿勢だ」


 ランストゥード卿は続ける。


「自由とは、放任ではない。

 ここではそう教える。

 君は明日から学びの中枢に入る。

 今日は備えに充てなさい。

 余計な好奇心は、置いていくことだ」


 私は思わず、心の中で反論しそうになった。


 ――好奇心がない学生って、何。

 ――私の好奇心は、余計なんかじゃない。


 もちろん、口にはしない。

 私は丁寧に頷くだけだ。


「質問はあるか」


 一瞬、迷った。

 この国の制度について聞くべきか。

 国に入った時から感じている、監視のような感覚について言うべきか。


 その迷いがいけなかった。

 次に何を言うべきか、分かっていたはずなのに。

 礼を述べて、下がる。それでよかったはずなのに。


 ――なのに。


 自分でも驚くほど、馬鹿みたいな言葉が口をついて出た。


「……ランストゥード卿は、若く見えますが……実際は、おいくつなのですか?」


 言った瞬間、頭の奥が冷えた。


 何を聞いているの、私は。

 初対面の学長に。

 しかも、この空気で。


 ランストゥード卿は、私の顔をじっと見た。

 評価するでも、咎めるでもなく。

 ただ、観察するような静かな視線だった。


 そして、淡々と答える。


「もう、七十九歳になる」


 ――……は?


 一瞬、意味が理解できなかった。


 七十九。

 七十九歳?


 どう見ても、四十前後。

 せいぜい、経験を積んだ壮年の学者だ。


 ……嘘でしょう。

 この国、どうなってるの。


 内心の動揺を必死に押し殺していると、彼は続けた。


「他にも、知りたいことはあるか」


 私は、即座に首を振った。


「……いいえ。ありがとうございます」


 声が、ほんの少しだけ上ずった気がした。


 ――やってしまった。

 完全にやってしまった。


 よりにもよって、ここで年齢の話題。

 外交官補佐としての私、どこへ行った。


 せめてもの救いは、

 彼が何の感情も見せなかったことだろうか。


 ……いや、それが一番怖い気もするけれど。


「よろしい。

 ここで何を得るかは、すべて君次第だ。

 ――歓迎しよう、リラ・ヴェルノア殿」


 私はもう一度礼をした。


 *


 学長室を出たとき、廊下の空気が少しだけ軽く感じた。

 それだけで、あの部屋がどれだけ濃密だったかが分かる。


 さっきのは忘れよう。絶対に。

 ……でも七十九は、反則よね。


 居住区へ向かう道すがら、学生たちの声が聞こえた。

 笑い声。議論。紙をめくる音。

 自由な空気のはずだ。


 でも私の中では、学長室で浴びた視線がまだ残っている。


 ――見られてる。

 いや、見られるのは当然。私は留学生だし。

 でも何かを、確実に感じている。


 私は歩きながら、街を見上げた。


 上層から見下ろすマグナレオールは、息を呑むほど美しかった。

 白い建築が光を抱き、透明な水晶がそれを循環させる。

 人の営みが、その中に溶けている。


 完璧な都市。

 完璧な学術国家。


「……上だけ見てたら」


 ぽつりと呟く。


「そりゃ、理想郷に見えるわよね」


 誰も答えない。

 私だけの独り言が、空に溶けていく。


 部屋に戻り、机の上に学生証を置く。

 薄い板状の水晶が、微かな熱を持っていた。


 私は指でそれをなぞった。


 明日から授業が始まる。


 学びの国。

 自由の象徴。

 魔法技術文化の中心。


 胸の高鳴りは、まだ消えていない。

 むしろ強くなっている。

 私はきっと、ここでいろんなものを見て、知って、吸い込む。


 でも、その奥に――微かな緊張が混じっている。


 そして、その緊張は、不思議と安心に似ていた。

 危ない場所に足を踏み入れる前の、覚悟のような安心。


 寝台に入り、灯りを落とす。


 学長の言葉が、まだ耳の奥で鳴っている。


 ――活動に備えよ。

 ――余計な好奇心は置いてゆけ。


 私は暗闇の中で、小さく息を吐いた。


「……無理」


 誰にも聞かれない声で、私は言った。


「好奇心、余計とか言われても。無理よ」


 そして、ひとりで笑った。

 笑ってから、静かに口を閉じた。


 “監視“されている感覚。

 それが誰なのか。

 何のためなのか。

 まだ掴めない。


 でも、明日から始まる日々が、それを少しずつ形にしていくのだろう。


 私は目を閉じた。


 明日からの“自由”に備えて。

評価、コメント、お待ちしてます。

夜の現在地、という名前でXも更新しています。

作中では触れない設定をつぶやいたりもしていくので、もし良ければフォローお願いいたします。

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