均衡の国
初めての投稿作品です。
悩み、苦しみ、もがいた先に――彼女が選ぶものは。
主人公であるリラがこれからどう生きていくのか。
ご期待ください。
大地が揺れ、人々は混乱し、空が変わった。
世界が、何かに叩き起こされた日。
世界中の人々は理由も知らないままに空を見上げた。
それが何なのか、説明できる者はいなかった。
きっかけは一人の外交官補佐の願い。
均衡で保たれていたはずの世界の形が、その日──確かに形を変えた。
この時は、まだ。
自分が何を揺らしてしまったのかを、知るすべもなかった。
これは──
世界を変えてしまう選択へと至る、物語。
*
朝の城下町は、いつも少しだけ慌ただしい。
石畳を踏む靴音、露店の準備を進める音、どこかで焼かれるパンの匂い。
それらが混ざり合って、ノクスヴァイ王国の一日は始まる。
私はその光景を、城下町の外れにある小さな店の中で眺めていた。
白い髪が差し込む朝の光を反射し、視界の端で揺れた。
無意識に整えて、途中でやめる。どうせすぐに乱れる。
「ちゃんとした朝食を取らないと……途中でぶっ倒れるわよ」
カウンター越しに落ち着いた声が飛んでくる。
「食べてるよ。ほら」
私は軽く手を振って見せる。
「それ、ちゃんとしてない。昨日の残りでしょう」
「残り物は賢い選択よ。最高の時短術なんだから」
「外交官補佐の発言とは思えないわね」
ルシアは呆れたように笑い、湯気の立つカップを私の前に置いた。
この店──Lirenは、城下町では少し変わった場所だ。
喧騒から一歩外れ、静かで落ち着いている。
この場所は、私にとっての一番のお気に入りだった。
ここでの私は「外交官補佐」ではなく、ただのリラでいられる。
リラ・ヴェルノア。
それが、私の名前だ。
国のために働く肩書きじゃなくて、この名前で呼んでくれるLirenという空間が──私は大好きだった。
店主のルシアは、私より一つ年下だ。
故郷を一緒に出てきて以来、ほとんど毎日顔を合わせている。
ルシアはいつも、私に特別な才能はないと言い張る。
それでも、積み上げてきた努力と信頼によって25歳という若さでこの店を構えた。
それは才能なんじゃないか──なんて言うと、いつもはぐらかされてしまう。
「今日は大事な会議があるんでしょう?」
「そう。西の国絡みの会議」
「また難しそう」
「難しい方が好きなの」
嘘ではない。
ノクスヴァイ王国宰務局所属、外交官補佐。
大国ではないこの国が他国の間で均衡を保つことで存在している以上、
調整し均衡を保つ事こそが、私たちの仕事だった。
「それにしても……ね」
ルシアは私の服装を一瞥する。
「その上着、裏返しよ」
……一瞬、思考が止まった。
確認すると、本当に裏返しだった。
「本当だ……気づかなかった」
「完璧に見える人ほど、こういうところ駄目なのよね」
「……余計なお世話」
言い返すと、ルシアは楽しそうに肩をすくめた。
こういう時間が、嫌いじゃない。
城では常に言葉を選び、顔色を読み、先を考えて先手を打つ。
ここでは、気を張る必要が無い。
「そろそろ行かなきゃ」
「行ってらっしゃい。今日も世界を救ってきなさい」
「大げさよ」
でも、私はその言葉を否定しなかった。
城へ向かう道中、ふと空を見上げる。
今日も雲は少なく、風は穏やかだ。晴れ晴れとした、気持ちの良い日。
ノクスヴァイ王国は、地理的にも政治的にも中立に位置している国だ。
東には、人の立ち入れぬほど険しい山嶺。
西には、穀物と交易で力を持つ西方連合国家ヴァルデン。
南には、海の貿易で繁栄する多様な文化圏を持った南方諸邦ルミナス。
北には、武装と魔法科学技術で知られる北方王国マグナレオール。
その四方に囲まれた中で、
ノクスヴァイ王国は中立を保ち続けてきた。
武力では勝負にならないし、地理的にも恵まれていない。
だからこそ、この国は別のやり方で生き残ってきた。
リラが城の会議室に入ると、既に数名が集まっていた。
年長の官僚たち、若手の補佐官、そして議長席には宰務官。
「始めよう」
簡潔な一言で、会議が始まる。
議題は、穀物の流通調整。
今年は殆どの国が凶作になり、ノクスヴァイも打撃を受けていた。
どこも余裕がない。
だからこそ、均衡が崩れやすい。
「だが、我々が穀物を出す意味があるのか?
西方連合の方が、よほど生産量は多いのだ。ヴァルデンが有利な立場につくことになる」
誰かがそう言った。
会議が始まって数十分経つ。だが話は、平行線を辿っていた。
一呼吸置いて、私はついに口を開く。
「提案があります」
視線が集まるのを感じる。
「西は、今年の世界的な凶作の中で、
“いちばん持っている国”になってしまいました」
「それは、誇れる状況ではありません。
持っている国は……真っ先に、標的になり得ます。」
誰かが、カップを置く音がした。
「だからこそ、意味はあります。
ノクスヴァイが先に動けば、穀物問題は“調整段階に入った”と周囲に示せます」
「西は、余力を残した国……ではなく、
“調整に応じる国”になる」
「それだけで、北も南も軽々しく手を出せなくなるはずです」
沈黙が落ちる。
私は続ける。
「我が国が出す量は多くありません。
重要なのは、“ノクスヴァイが動いた“という事実です」
しばらくの沈黙の後、宰務官が口を開いた。
「……では、リラの案で進めよう」
会議は、それで終わった。
城を出た頃には、空は夕色に染まり始めていた。
また一日が、無事に終わった。
世界は今日も、何事もなく回っている。
そう、信じていた。
そして、まだ気付かない。
世界が私の知らないところで、すでに軋み始めていることに。
リラの胸の中に、言葉に出来ない不安が生まれ始めていた。
プロローグ、かなりぎゅっとまとめました。
長い旅になります。一緒に彼女の人生を支えてくださると、嬉しいです。




