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リラ・ヴェルノアの選択  作者: 夜の現在地
始まりの国
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均衡の国

初めての投稿です。

拙い文ですが、読んでいただいた方に心から感謝を。

 朝の城下町は、いつも少しだけ慌ただしい。


 石畳を踏む靴音、露店を開く木箱の音、どこかで焼かれるパンの匂い。

 それらが混ざり合い、ノクスヴァイ王国の一日は始まる。


 私はその光景を、城下町の外れにある小さな店の前で眺めていた。


「ちゃんと朝食は食べるのよ」


 カウンター越しに、落ち着いた声が飛んでくる。


「食べてるわ。ほら」


 私は軽く手を振って見せる。


 白い髪が朝の光を反射し、視界の端で揺れた。

 無意識に整えようとして、途中でやめる。どうせすぐ乱れる。


「それ、昨日の残りでしょう」


「残り物は賢い選択よ」


「外交官補佐の発言とは思えない」


 ルシアは呆れたように笑い、カップを私の前に置いた。


 この店――Lírenは、城下町では少し変わった場所だ。

 喧騒から一歩外れ、静かで、落ち着いている。


 店主のルシアは、私より一つ年下。

 城勤めでも、貴族でもない。

 それでも、この町で彼女を知らない人はいない。


「今日は大事な会議があるんでしょう?」


「ええ。西の国絡みの話ね」


「また難しそう」


「難しい方が好きなの」


 嘘ではない。


 私は、ノクスヴァイ王国宰務局所属、外交官補佐。

 大国ではないこの国が、三国の間で均衡を保つために存在している以上、

 調整と折衝は、私たちの仕事そのものだった。


「それにしても……」


 ルシアは私の服装を一瞥する。


「その羽織り、裏返しよ」


 ……一瞬、思考が止まった。


 確認すると、本当に裏返っている。


「……気づかなかった」


「完璧に見える人ほど、こういうところ雑なのよね」


「余計なお世話」


 言い返すと、ルシアは楽しそうに肩をすくめた。


 こういう時間が、嫌いじゃない。


 城では常に、言葉を選び、顔色を読み、先を考える。

 ここでは、少しだけ気を抜ける。


「そろそろ、行ってくる!」


「行ってらっしゃい。世界を救ってきなさい」


「言い過ぎ」


 でも、私はその言葉を強く否定しなかった。


 城へ向かう道すがら、空を見上げる。

 今日も雲は少なく、風は穏やかだ。


 ノクスヴァイ王国は、地理的にも政治的にも中立に位置している。

 東には、人の立ち入れぬほど険しい山嶺。

 西には、穀物と交易で力を持つ西方連合国家ヴァルデン。

 北には、武装と魔法文化で知られる北方王国マグナレオール。

 南には、海の貿易で繁栄する多様な文化圏―南方諸邦ルミナス。


 その四方に囲まれた中で、

 ノクスヴァイ王国は中立を保ち続けてきた。


 武力では最弱。

 だからこそ、知恵と均衡で生き残ってきた。


 城の会議室に入ると、既に数名が集まっていた。

 年長の官僚たち、若手の補佐官、そして議長席には宰務官。


「始めよう」


 簡潔な一言で、会議が始まる。


 議題は、穀物の流通調整。

 今年は凶作だった。


 どの国も余裕がない。

 だからこそ、均衡が崩れやすい。


「だが、我々が穀物を出す意味があるのか?

 西方連合の方が、よほど生産量は多い」


 誰かがそう言った。


 一呼吸置いて、私は口を開く。


「提案があります」


 視線が集まるのを感じる。


「西は、今年の凶作で

 “いちばん持っている国”になってしまいました」


「それは、誇りではありません。

 この状況では、標的です」


 誰かが、カップを置く音がした。


「ノクスヴァイが先に動けば、

 穀物問題は“調整段階に入った”と周囲に示せます」


「西は、生産国ではなく、

 “調整に応じる一国”になる」


「それだけで、北も南も軽々しく手を出せなくなる」


 沈黙が落ちる。


 私は続ける。


「我が国が出す量は多くありません。

 ですが、“動いた”という事実が重要です」


 しばらくして、宰務官が口を開いた。


「……では、リラの案で進めよう」


 会議は、それで終わった。


 城を出た頃には、空は夕色に染まり始めていた。


 また一日が、無事に終わった。


 世界は今日も、何事もなく回っている。


 私は、それを当然のことだと思っていた。


 この均衡が、

 どれほど脆いものなのかも知らずに。

プロローグなので、かなりぎゅっとまとめました。

2話から文字数増えます。

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