帰宅して
ガランとした暗いアパートに戻って、彼は買ったばかりの花をビニールからテーブルの上に一旦置いてから、受け皿の代わりになるものを探した。これまで花のポットなど買ったことはないから、専用のそれがあるはずもなく、発砲スチロール製のタッパーを出して、そこに置き直した。
デパートで買った弁当を口にしながら、花を見ていたが、どこかで見たことがある気がする、そんな程度でしかなかった。
食後、浴槽に身体を浮かべながら目を閉じていると、記憶が現れた。
「そうか」
彼はおもむろに浴室から出て着替えると、花の名を見た。シャスターデージー。
彼には、その花にまつわる断片的な記憶があった。
小学生の時、国語の教科書にその花が出てきて、それを祖母に話すと、
「育ててみるか?」
と言われ、首を縦に振った。
季節がいつだったのかは思い出せないものの、雪が腰くらいに積もった畑に行って、その花の世話をしたような記憶があった。そして、開花し学校に持って行って教室に飾った。
そんな記憶が。列挙されたのはそんな事実のみだった。今目にしているような純白色の、一つ一つの花弁は小さいが円周に手を取り合うように並んでいる様子で合ったのかの記憶はなかった。
しかし、このシャスターデージーは彼の心持をマッサージするには十分なほど可憐であった。
立ち上げたパソコンで、その花を検索してみた。種類もたくさんあって、どれが自分と祖母が植えたものなのか思い出すことはできなかった。
「花言葉もあるのか」
独り言をこぼして彼は、ディスプレイ上にあったシャスターデージーの花言葉を凝視した。「すべてを耐え忍ぶ」。それを読んで彼は再び、あの畑の雪を掻き分けながら、その花のために何事かをしたことを回顧した。
「だから、こんなに白く咲けるのか」
口を持たないはずの花は、その色で彼に多弁だった。シャスターデージーが柔らかくほぐした彼の心は、ここに来て微振動を起こして、明日への活力、最近は減少していた仕事へのやる気を起こしていた。
壁掛け時計を見やった。二十一時半。彼は携帯電話を手にした。彼の耳に聞こえて来たのは、祖母の声だった。久しぶりにかけた電話で、彼は今晩のことを祖母に話そうと思ったのだった。
テーブルのシャスターデージーはそれを笑って聞いているように、彼には見えたのだった。




