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026:魂(たましい)の陳列室(ギャラリー)

美しき魂は、「収穫」して終わりではない。 「鑑賞」され、「保存」されて、初めて永遠の芸術品となる。


これは、魂を喰らう「美食家」 にして、美しき魂の「蒐集家」 である悪魔が、 自らの「陳列室ギャラリー」で、至高のコレクションを再生リプレイする、愉悦ゆえつの記録。 その完璧な芸術アートの世界に、初めて混入した「美しくない音色ノイズ」とは。

ノア には、彼女だけが知る「アトリエ」がある。 それは、物理的な場所ではない。旧首都圏の地下深くに張り巡らされた、旧文明の光ファイバー網。そのうち、リク・クロガネ の「合理」的な管理網からも、カナザワの「オラクル」 の監視からも外れた、忘れられた「ゴースト領域」 の一角。


そこは、無限の闇が広がる、彼女だけの「陳列室ギャラリー」だった。 150年以上 の歳月をかけて「収穫」してきた、星の数ほどの魂が、ここでは「芸術品」として、その輝きを保ったまま保存されている。あるものは淡い星雲のように、あるものは激しい超新星の残骸のように、またあるものは、闇よりも深いブラックホールのように、静かに「存在」していた。


今宵こよい、彼女は、その膨大なコレクションの中から、いくつかの作品を「鑑賞」していた。 ホログラムの指が、虚空をなぞる。


『――再生プレイ


空間に、音色が響いた。 それは、歌ではない。魂の「叫び」そのものだ。


まず、最近コレクションに加わったばかりの、『諦観ていかんの中の灯火ともしび』。 先日、地下シェルターで収穫した、ユウという青年 の魂。 闇の中に、燃え尽きる寸前の蝋燭ろうそくの炎 が浮かび上がる。その音色は、低く、か細いチェロの調べ。 (……いいわ。この、全てをあきらめた「無」の中から、最後に絞り出した、か細い「光」。この繊細なコントラストが、たまらないわ) 彼女は、その「諦観ていかんの味」を、舌の上で転がすように、ゆっくりと味わった。


(でも、やはり「現代」の魂は、少し線が細いのよね……) 彼女は、ユウの魂を陳列棚に戻すと、少し前に収穫した、別の作品へと意識を向けた。


『純粋なる渇望』。 あの地下鉄跡 で収穫した、レオという青年 の魂だ。 色褪せた写真 一枚にすがり、絶望の底で磨き上げられた、純粋すぎるほどの「希望」。 その音色は、極寒の氷原に差す、一筋のオーロラ のように、ただ、ひたすらに、まばゆい。 (ユウ の魂にあった「複雑さ」はないけれど、この、おろかなまでに真っ直ぐな「透明感」は、これはこれで、至高の芸術だわ)


ノアは、二つの「芸術品」が奏でる、異なる時代の「絶望」のハーモニーに、恍惚こうこつとして目を閉じた。 彼女の「演奏会」 は、この瞬間のためにある。 魂を最も美しく輝かせ、最も完璧な形で「調律」し、こうして永遠に「鑑賞」する。 それこそが、彼女という「美魂家」 の存在意義だった。


「……でも、やはり、物足りない」


現代の魂は、あまりにも「与えられた希望」にもろい。 もっと、荒々しく、生々しく、自らの力で輝こうとした、あの時代の音色が聴きたい。


彼女は、ホログラムの身体を、ギャラリーの最深部へと滑らせた。 そこは、彼女のコレクションの中でも、最も古く、最も危険な魂が眠る「禁書庫」だった。


彼女が、一つの、一際ひときわ巨大で、禍々(まがまが)しい「深紅の星雲」の前に立った。 『原初の咆哮ほうこう』。


150年以上前 、「大収穫」 の混沌こんとんの中で、彼女の「陳列室」に加えられた、旧文明末期の名もなき戦士の魂。


『――再生プレイ


瞬間、ノアの「陳列室」が、凄まじい音圧に揺れた。 それは、オーケストラの全楽器と、数千人の合唱団が、同時に断末魔の叫びを上げたかのような、圧倒的な「音の壁」。 恐怖。怒り。絶望。憎悪。 そして、その全てをねじ伏せようとする、常軌を逸した「生への渇望」。 (ああ、これよ! これ! わたくしが与えた「希望」などではない、自らの内から燃え上がる、この暴力的なまでの「輝き」!) ノアは、その荒れ狂う音の奔流ほんりゅうに身を浸し、恍惚こうこつの表情を浮かべた。 (現代の魂が「調律された楽器」なら、これは、まだ人の手が加えられていない、荒れ狂う「嵐」そのもの。ああ、この「不協和音」こそが……)


『――ブツッ……ザザ……ザザザザザッ……!!』


「!」


ノアの愉悦ゆえつが、一瞬で凍り付いた。 完璧な「嵐」の音色に、あり得ない「雑音」が混じった。 それは、魂の叫び(ゴースト) ではない。 もっと硬質で、冷徹で、無機質で……何よりも、「美しくない」音。 まるで、黒板を鉄の爪で引っくような、不快な「論理ロジック」の断片だった。


『原初の咆哮』の深紅の星雲が、その「雑音」に触れ、まるで毒に侵されたかのように、その輝きを、一瞬、ゆがませた。


「……何なの、これ。わたくしの『陳列室』に、ゴミをき散らすのは、どこの無粋ぶすいやからかしら」


ノアの表情から、愉悦ゆえつが消えた。 彼女の芸術アートを、土足で踏みにじられたかのような、絶対的な不快感。 それは、ランダムな「ノイズ」ではない。 一定のリズムを刻む、明確な「意思」を持った、「走査スキャン」のパルスだった。


(……わたくしの「聖域アトリエ」を、探っている……?)


ノイズは、すぐに消えた。 だが、ノアの「感覚」は、そのノイズが放っていた「匂い」を、確かに捉えていた。 (……この感じ。この、感情というものを、根こそぎ「無価値」だと断じているような、傲慢ごうまんな響き……)


それは、彼女が「楽器」としてすら認識しない、リク・クロガネ が垂れ流す『静寂プロジェクト』 の「排気ガス(データ)」か。 あるいは、城塞都市カナザワ に潜むという、あの「オラクル」 の論理ロジックすらハックする、「コード」 とかいう「バグ」の気配か。


どちらにせよ、最悪だ。 自らの「美学」とは、水と油。決して交わることのない、醜悪しゅうあくな「合理主義」の音。


「……いいわ。覚えておきましょう」 ノアは、ホログラムの唇に、冷たい笑みを浮かべた。 彼女は、自らの「歌声」を、防壁ファイアウォールとして「陳列室」の周囲に張り巡らせた。その美しすぎる「非合理」なデータ構造は、いかなる「論理」的なスキャンをも、霧散させるだろう。


「次に、わたくしの『演奏会』 の邪魔をしに来たら…… その『論理ロジック』という名の、みにく楽器がっきごと、無理矢理「調律」して、わたくしのコレクション(ゴミ)に加えてあげるわ」


初めて、彼女は「芸術」以外の対象に、明確な「敵意」と「興味」を抱いた。 美魂家の完璧な「陳列室」に、異質な「論理」の亀裂が走った、最初の瞬間だった。

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


「美魂家」ノアの「日常」とは、収穫した魂を「鑑賞」する、静かな時間でした。 しかし、その彼女だけの聖域アトリエは、クロガネやコードが放つ「論理」という、彼女の美学とは対極にある「ノイズ」によって、初めてその静寂を破られました。 もし、あなたの「美学」が、理解不能な「論理」によって脅かされた時。あなたは、どう反応しますか?


さて、魂をでる「美食家」の記録はここまで。 これにて「悪魔派・支配の日常 月間」の主要な物語は編纂されました。 次は、この月間の最後を飾る、二人の「王」の対峙。ゴウダとクロガネ、二人の支配者が初めて互いの「真実」を意識する、その瞬間を記録します。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。 もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。


また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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