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023:残響喰らい

ゴーストとは、何か。 旧世界の怨念か、天使の奇跡か、あるいは、悪魔のバグか。 いいや、違う。ゴーストとは「金」だ。


これは、いかなる領域長にも属さず、 「ゴースト」の噂を追って廃墟を漁る、一匹狼のゴーストハンターの記録。「残響喰らい」の異名を持つ彼女が、魂の収穫場で見つけた「真実」とは。

「――集落一つが、一夜にして生きたまま魂を抜かれた? …歌う『光の天使』が現れて、人々は恍惚こうこつのうちに消えた、だと?」


アザミは、情報屋から買った安酒のような噂を反芻しながら、不機嫌そうに乾いた合成肉を噛み千切った。彼女の縄張りは、ゴウダの「力」もクロガネの「合理」も及ばない、広大な廃墟深層部。彼女の稼業は、「ゴーストハント」。


天使派の巫女が言うような「穢れ」祓いでも、クロガネの研究員が計測する「ノイズ」除去でもない。アザミにとって「ゴースト」とは、金になる「現象ネタ」そのものだった。強い感情や記憶が場所に焼き付いた「残留思念型」が遺す旧文明のパスコード。エネルギー汚染が生み出す希少物質。あるいは、その現象自体の情報価値。アザミは、そうしたゴーストが遺した「残響」の正体を暴き、それを情報やブツとして売りさばく。故に、彼女は「残響喰らい」と呼ばれていた。


「歌う天使ねぇ…。大方、集団ヒステリーか、新型の幻覚ガスでも漏れたんだろ。だが、『ノア』と名乗った、か」情報屋が付け加えたその名前が、妙に引っかかった。「これほどの『現象』なら、高値が付く『残響』が残っているに違いない」 アザミは、ガスマスクと自作の計測器を背嚢に詰め込むと、噂の現場――廃墟深層部の地下鉄跡へと向かった。


半日後、アザミは、地下鉄跡の入り口で足を止めた。 「……なんだ、こりゃ」 空気が、静かすぎた。 廃墟特有の、金属の軋み音も、小動物の気配も、そして、彼女が最も得意とするゴーストの気配ザンキョウさえも、一切しない。 まるで、巨大な掃除機で、空間ごと「感情」を吸い取られたような、完璧な「無」だった。 (…セロ。メーターが振れねえ。こんな場所は初めてだ) 「……チッ。空振りかよ」


それでも仕事は仕事だ。彼女は警戒しながら、プラットホームへと降りていった。 そして、その異常性を、即座に理解した。 「……モノに、手が付けられてない」 貯蔵庫の食料、わずかながら残された燃料、ボロ切れの寝床。スカベンジャーなら真っ先に奪っていくはずの物資が、何一つ荒らされていない。 (略奪者の仕業じゃねえ。かと言って、毒ガスなら死体が残るはず…)


そして、彼女は「それ」を見つけた。ホームの壁に寄りかかる、十数人の「抜け殻」。 彼らは、死んではいなかった。呼吸もしている。だが、その瞳は、何も映していなかった。ガラス玉のように虚ろだ。 「おい」アザミが、その中の一人、まだ若そうなレオの肩を揺する。 男は、ゆっくりとアザミを見た。だが、そこに恐怖も、驚きも、敵意もない。 「……ああ……ひかり……うた……」 男は、そう呟くと、再び虚空を見つめ始めた。


「……気は確かか」 アザミは、自前の計測器――彼女が旧文明の残骸から組み上げた、微弱な精神エネルギー、すなわち「残響」を可視化する機械――を取り出した。いつもなら、「残留思念型」のゴーストがいる場所や、人が強い感情を抱いた場所では、メーターが激しく反応するはずだった。 だが、今、メーターの針は、ゼロを指したまま微動だにしない。 (こいつら…生きてるのに、何の感情も残ってねえのか?)


「……嘘だろ」 アザミは、初めて背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。 絶望も、恐怖も、怨念も、何もない。 彼らがここに残すべきだった、最も濃いはずの「残響」が、根こそぎ消え失せていた。 「残響喰らい」の彼女にとって、それは、獲物が骨一本残さず食い荒らされた後であることと同義だった。 (何かが、ここにいた。そして、そいつは……「残響」を、食ったんだ)


彼女は、調査を続けた。ホームの隅に、不自然に整えられた祭壇を見つける。色褪せた家族の写真が飾られている。 (…集団ヒステリーじゃない。こいつらは、何かを『崇拝』していた。情報屋の言った『光の天使』か…?) そして、祭壇から少し離れた場所。杖を握りしめたまま、うつ伏せに倒れている老婆エララの亡骸。 他の「抜け殻」と違い、彼女だけは、明らかに「殺されて」いた。首筋に、鋭利な何かで一突きされたような痕跡がある。


アザミは、老婆の亡骸に計測器を向けた。 その瞬間。 『――ジジジッ!』 メーターの針が、一瞬だけ、激しく振り切れた。 「!?」 それは、絶望や恐怖の「残響」ではなかった。もっと硬質で、冷徹な、「抵抗」と「拒絶」の意志。まるで、甘美な歌声に「否」と叫んだ、最後の瞬間の叫びのようだった。そして、その残響の奥に、微かに、しかし確かに、あの「天使」のものと思われる、異質で官能的な「歌声」の断片が混じっていた。 だが、その残響も、すぐに霧散するように消えていった。


アザミは、パズルのピースを組み合わせるように、思考を巡らせた。 (…なるほどな。こりゃ、『ゴースト』なんかじゃねえ) これは、自然発生した「現象」じゃない。情報屋の言った『ノア』と名乗る何者かが、意図的にこの集落を選び、希望という「餌」を与え、彼らを歌で「調律」し、最も熟した瞬間に、魂ごと「収穫」していったのだ。そして、この老婆は、その「まやかし」に抗ったために、「邪魔者」として「駆除」された。


「……チッ。とんでもねえ『美食家グルマン』がいたもんだ」 アザミは、忌々しげに吐き捨てた。「残響喰らい」を自称する彼女だが、獲物の「感情」まで味わう趣味はない。むしろ、残された情報を冷静に分析するのが仕事だ。だが、ここの主――『ノア』は、残響どころか、魂そのものを味わい尽くし、アザミが喰らうべき「残りカス(情報)」すら、ほとんど残していかなかった。


「……収穫、ゼロ。商売上がったりだ」アザミは、抜け殻となったレオの手から、色褪せた写真を抜き取った。 「ま、手付金代わりだ。こいつは貰っていくぜ」 この「現象」の証拠物件として、それは情報屋に高く売れるだろう。何より、この『ノア』という新たなプレイヤーの情報は、それ自体が価値を持つ。 彼女は、完璧な「無」が支配する地下鉄跡を、二度と振り返らずに立ち去った。新たな獲物の気配に、わずかな苛立ちと、それ以上のプロとしての闘志を燃やしながら。

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


「残響喰らい」のアザミが辿り着いたのは、彼女の獲物ゴーストすら存在しない、完璧な「収穫」の後でした。 彼女は、ノアという存在を、自らの「獲物」を横取りする、新たな脅威として認識したことでしょう。


もし、信じていた「法則」が通じない、規格外の「何か」に出会った時。あなたは、それをどう分析しますか?


さて、廃墟深層部の新たな「目」の記録はここまで。 次は、再び「力」が支配するゴウダの領域へ。鉄屑の王が見せる、歪んだ「優しさ」の形とは。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。


もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。


また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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