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022:カナリアの残響

幸福は、バグですか? では、その「バグ」を守り切った代償は、何でしょうか。


これは、完璧に管理された静寂の世界で、 感情という「ノイズ」 を観測するはずだった男が、 自らの内に宿ってしまった「幸福の残響」というバグと向き合う、静かなる葛藤の記録。 観測者は、今や「被験者」となった。

観測員カイ の世界は、再び、完璧な灰色に戻っていた。 第七居住ブロックのメインモニター。千本を超える市民のバイタル・グラフは、リク・クロガネ主任 が理想とする、平坦フラットな線を描き続けている。


かつて、一本だけ、美しい金色に輝いた あの線。 ID: E-774。ヨギ。 そのグラフは、今はもう、黒く沈黙している。 『STATUS: TERMINATED (LOGICAL)』 老衰。システムが予測した通りの、合理的な結末。


カイは、あの日、自らの「合理」を尽くして守った あの「幸福」が、結局、老人の死を早めたのか、それとも穏やかなものにしたのか、結論を出せずにいた。 システム上、それはもう「処理済みのノイズ」でしかなかった。


「カイ君。その後の調子はどうだね」


背後から、上官タナカ の無機質な声がした。カイは、表情筋一つ動かさずに振り返る。 「問題ありません。全て正常オール・グリーンです」 「そうか」


タナカは、カイのデスクの隅に置かれた、小さなケージに目をやった。 そこには、あのホログラムの「カナリア」 があった。ヨギ老人の死後、彼の遺品は全て「非合理的なノイズ源」として廃棄処分が決定された。だが、カイは申請書を提出した。 『当該オブジェクトは、特異ノイズ(ID: E-774)を発生させたトリガーである。原因究明と再発防止のため、観測員(ID: K-044)の管理下での保存を申請する』 申請は、驚くほどあっさりと承認された。


「……まだ、そんなガラクタを」タナカは、まるで理解できないものを見る目で言った。「E-774の事案は、既にクローズしている。非合理な感傷は、次の非合理なノイズを生むだけだ。君も、昔はその『病』に苦しんでいた のだから、分かるだろう」 「感傷ではありません。あくまで、サンプルデータとしての保存です」 カイは、完璧な論理で返した。


「……そうかね」 タナカは、それ以上何も言わず、カイの肩を軽く叩いて管制室を出ていった。


その夜。 カイは、自室に戻ると、あの「カナリア」のスイッチを入れた。 『……ピ、……ピ、……』 経年劣化で激しく明滅し、ノイズ交じりの電子音を発するだけの、壊れたガラクタ 。 だが、カイは、ヨギがこれに語りかけていた時の、あの穏やかな「幸福」の波形 を思い出していた。


(あの音は、バグだったのか? それとも、あの人にとっては、あれこそが……)


彼が、自らの腕の端末に視線を落とした、その瞬間。 彼のバイタル・グラフに、ほんの一瞬、あのヨギのものと酷似した、微弱な金色の「ノイズ」が走った。 「……!」 カイは、慌てて端末を操作し、そのログを即座に消去した。


(……感傷、だと? 違う。これは、ただの……データの残響だ)


彼は、自らにそう言い聞かせた。 自らもまた、システムが管理する「部品」の一つ。ノイズは、あってはならない。


カイは、カナリアのスイッチを乱暴に切ると、冷たいベッドに横たわった。 彼は、知らない。


別の管制室で、上官タナカが、一つのグラフを冷ややかに見つめていたことを。 ID: K-044。 ――観測員カイの、個人ログ。


そこには、今、カイが消去したはずの、あの微弱な金色の「ノイズ」の記録が、鮮明に残っていた。


「……面白い」 タナカは、口元に歪んだ笑みを浮かべた。 「カナリアは死んだ。だが、その鳴き声は、観測者に『感染』したらしい。 非合理は、それ自体がウイルスだ。 リク主任の『静寂プロジェクト』 は、こういう『隠れたノイズ』をこそ、根絶せねばならん」


タナカは、コンソールを操作した。 『被験体ID: K-044(カイ)。要・再調整リ・キャリブレーション 候補として、レベル2監視へ移行する』


カイが守った「幸福」は、今や、彼自身をシステムの監視下に引きずり込む、最大の「証拠」と成り果てていた。

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


カイは、非合理な「幸福」の火種を守りました。しかし、その「残響」は、今や彼自身を蝕む「バグ」として、システムに認識されてしまいました。 もし、完璧な秩序の中で、あなただけが「異物」だと気づいた時。あなたは、その「感情」を消し去ることができますか?


さて、クロガネの領域で生まれた、この静かなる「感染」の記録はここまで。 次は、視点を大きく変え、あの廃墟深層部へ。 ノアの「演奏会」 が終わったあの場所で、魂の「残響」すら喰らう、新たな視点人物が登場します。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。 もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。


また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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