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015:非番の誓い

忠誠とは、何に捧げるものか。

守るべき秩序か、失われた過去か、それとも、ただ一人の主君の孤独か。


これは、聖域の厳格な衛士が、亡き兄の墓前で自らの誓いを問い直した、静かなる葛藤の記録。

その実直な瞳が捉えたのは、過去の影か、それとも、忍び寄る未来の予兆か。

聖域『耶麻』の副官ハヤテにとって、「非番の日」とは任務の延長だった。

戦場である城壁を離れ、私室で武具の手入れを入念に行い、午後は鍛錬場で若手の訓練に顔を出す。彼にとって、ゲンカイ衛士長から命じられた「休息」とは、次に訪れる「有事」への「準備」と同義だった。


だが、月に一度だけ、彼はその準備を中断し、城壁の外れにある慰霊碑へと向かう。

そこは、かつてゲンカイの「情け」が招いた悲劇によって命を落とした、仲間たちが眠る場所。そして――彼のたった一人の兄が、眠る場所でもあった。


乾いた風が、無数の石碑を撫でていく。東の『竜の裂け目』 から吹く風は、鉄錆の匂いと、微かな「気」の歪みを運んでくる。

ハヤテは、兄の墓石の前に膝をつき、水桶から手ぬぐいを絞った。


「……兄さん。また、来たよ」


石に刻まれた名を、指でなぞる。

脳裏に蘇るのは、あの日。聖域の結界が内側から破られ、炎と絶叫が支配した、地獄のような光景。そして、致命傷を負いながらも、駆けつけたハヤテに、血反吐と共に最期の言葉を託した兄の姿。


『……ハヤテ。ゲンカイ様を…恨むな。あの方を、支えてやれ……。あの方の孤独は、誰かが…』


どうして。

ハヤテは、今でも答えを出せずにいた。ゲンカイの油断が、兄を殺した。それは紛れもない事実だ。

あの悲劇以来、ゲンカイは変わった。かつての情け深い一面は影を潜め、聖域の「安定」 と「ことわり」のためならば、非情な決断を厭わない、氷の仮面を被った衛士長となった。

誰もが彼女を「冷徹すぎる」と恐れ、あるいは「非情だ」と陰で囁く。


だが、ハヤテだけは知っていた。

いや、兄が遺したあの言葉によって、知らされてしまったのだ。

ゲンカイが非情な決断を下すたび、彼女の心がどれほどきしみ、血を流しているのかを。彼女が被っているのは、自らの心を二度と揺らがせないために、自ら望んで着けた、呪いの仮面なのだと。


兄は、ゲンカイを許したのではなかった。

ゲンカイが、その失敗と引き換えに、この聖域を守るという「ごう」を背負うことを見抜いていたのだ。だからこそ、その地獄の道を、せめて副官である弟が支えろと、そう言い遺したのだ。


「……兄さん。あんたは、俺よりよっぽど、あの人が見えていたんだな」


ハヤテは、ゆっくりと立ち上がった。

ゲンカイへの忠誠は、彼女個人への信奉ではない。それは、兄から受け継いだ、重い、重い「誓い」そのものだった。

聖域『耶麻』が、東の脅威に対する「砦」であるならば、自分は、ゲンカイという一人の人間が、「衛士長ゲンカイ」であり続けるための、最後の「砦」とならねばならない。


彼女が「停滞」 とそしられようと、非情と罵られようと構わない。

その決断こそが、兄たちが命を賭して守ったこの聖域の「安定」であると、自分だけは理解し、その刃を受け止め、支え続けよう。


ハヤテは慰霊碑に深く一礼すると、固い決意を胸に、城壁へと戻っていく。

陽が傾き、空が朱に染まり始めていた。

彼はふと、東の空――『竜の裂け目』の方角へと目をやった。


(……ん?)


遥か水平線の彼方、雲の切れ間で、何かが一瞬、チカチカと不規則に明滅した気がした。

まるで、旧文明の電子機器が発するノイズのような、この聖域ではあり得ない光。

彼は目を凝らしたが、光は二度と現れず、ただ不吉な夕焼けが広がるだけだった。


「……疲れているのか」


ハヤテは小さくかぶりを振ると、非番の日に抱いた束の間の感傷を振り払い、再び厳格な副官の顔つきに戻る。

城門をくぐり抜ける彼の背中を、東から吹く風が、まるで何かの予兆を告げるかのように、しつこく追いかけていた。

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


ハヤテの忠誠は、盲目的なものではありません。それは、過去の悲劇を知り、主君のごうを理解した上で、自ら選び取った重い誓いなのです。

あなたがもし、誰かの「非情さ」の裏にある、そんな覚悟に気づいたとしたら、彼のように、それを支え続けることができますか?


さて、次は、視点を聖域から移し、「工匠派」の息吹が残る、あの集落へ。

聖域の厳格な「ことわり」とは異なる、「自然の仕組み(ことわり)」を受け継ごうとする青年の物語。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。

もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。


また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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