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011:錆びついた腕のオルゴール

力こそが、すべてですか?


鉄と錆と暴力が支配する、弱肉強食の街。

かつて最強と謳われた改造兵は、その力の源と引き換えに、

たった一人の少女のために、一つの小さな“宝物”を作ろうと決意した。


これは、力を捨て、愛を選んだ、不器用な男の物語。

リリにとって、この鉄屑の街は巨大な宝箱だった。錆びついた歯車も、割れた真空管も、不器用で強面の男、ギドが魔法のように命を吹き込んで、ガラクタの玩具にしてくれるからだ。彼の巨大な鉄の腕は、リリにとっては世界で一番強くて、優しい手だった。


朝、リリは濡れた布で、眠っているギドの鉄の義手をピカピカに磨いてやるのが日課だった。

「よし、これで今日もかっけえぞ!」

「…るせえな。朝からベタベタ触んじゃねえ」

目を覚ましたギドは悪態をつくが、その口元は少しだけ緩んでいた。


だが、市場に出れば、そこは弱肉強食の世界。屈強な男が老人から食料を奪う光景に、リリが顔をこわばらせると、ギドは巨大な鉄の義手で、そっと彼女の目を覆った。「リリ。こっちには、もっといい宝物があるぜ」

この腕は、かつて「鋼腕のギド」と恐れられた改造兵の証。だが今は、彼の肉体を内側から蝕む呪いでしかない。義手を使うたび、まるで黒い氷の蔦が生きている方の腕にまで絡みついてくるような、不快な冷感が走る。「枯渇の刻印」が、彼の命を少しずつ削っていた。


その日、二人は市場の隅で、奇妙な音色を耳にした。廃墟に紛れ込んだ商人が、ぜんまい仕掛けの小さなオルゴールを鳴らしていたのだ。リリは、その物悲しくも美しい音色に、初めて心を奪われた。

「ねえ、ギド。あれ、作れる? ギドの強い腕なら、きっと作れるよ!」

その無邪気な願いは、ギドの胸に棘のように突き刺さった。


コンテナハウスに戻った夜、義手の疼きがギドを襲う。

(かつてこの腕は、一振りで敵の装甲を紙のように引き裂いた。だが今は、少女の小さな髪飾りを結ぶことさえ、ままならない…)

炎の匂い。叫び声。大収穫の混乱の中、守れなかった妻と娘の姿。リリの寝顔が、失った娘の顔と重なる。

決意を固めたギドは、裏社会の情報屋から、最後の賭けとなる情報を手に入れた。彼の義手を完全に修復する、旧文明の超小型ジェネレーター。それが、敵対領域の武装倉庫の奥深く、無数の自動迎撃機体オートマタが徘徊する死地に眠っているという。


「リリ。俺は、お前に最高の腕を作ってくる。世界一、強くて、かっけえ腕をな」

それが、彼の不器用な約束だった。


闇に紛れて、ギドは武装倉庫に潜入した。元兵士の経験が、警備オートマタの巡回ルートの穴を瞬時に見抜く。だが、最後の隔壁を突破しようとした瞬間、義手の関節が悲鳴を上げた。一瞬の硬直。その隙を、警備オートマタのレーザーが見逃さなかった。脇腹を灼かれながらも、彼はジェネレーターのケースを掴み取り、炎と煙の中を転がるように脱出した。


満身創痍でコンテナハウスにたどり着いた時、彼の意識はもう朦朧としていた。

ギドは、壁に寄りかかって荒い息をつきながら、震える手でケースを開いた。中には、掌に乗るほどの、青白い光を放つジェネレーター。これを義手に組み込めば、力は戻る。だが、もう身体が動かない。血が、止まらなかった。

彼の脳裏に、オルゴールの音色と、リリの屈託のない笑顔が蘇った。

(……ああ、そうか。俺が本当に作りたかったのは、最強の腕なんかじゃ、なかったんだな…)


ギドは、血とオイルに濡れた手で、ジェネレーターを慎重に分解し始めた。彼の専門知識は、本来、殺戮兵器を作るためのものだ。だが、その指は今、人生で初めて、ただ一つの美しいものを作り出すために動いていた。

ジェネレーターのエネルギーを全て、小さな発音機構の鋳造に注ぎ込む。失われていく視界の中、彼は精密な歯車やエネルギー結晶を、拾い物の金属片と組み合わせていく。


夜が明け、リリが目を覚ます。部屋には、オイルと血の匂いが満ちていた。

壁際には、血の海の中でぐったりと気を失っているギドがいた。

「ギド…!しっかりして!」

リリは必死に彼を揺さぶる。その時、ギドの大きな鉄の拳が、何かを固く、大切そうに握りしめていることに気づいた。おそるおそるその指を一本ずつ開いていくと、中から小さな金属の箱が、ことりと音を立てて転がり落ちた。

リリがそれを拾い上げ、小さなネジを回すと、か細く、しかし澄み切った旋律が、静かな室内に響き渡った。


その音色に、ギドの瞼がかすかに開いた。

「…リリか…。悪いな、約束、守れなかった…」

彼の巨大な鉄の義手は、完全に光を失い、二度と動かないただの鉄屑と化していた。ジェネレーターの全ての力を、オルゴールに変えてしまったのだ。

「ううん」リリは、零れ落ちる涙も拭わず、首を横に振った。「ううん!」

彼女は、動かなくなった鉄の腕に、そっとオルゴールを乗せた。

「これが、ギドが作ってくれた、世界一強くて、優しくて、かっけえ腕だよ!」


力が全てのこの鉄屑の世界で、老兵は最強の力を手放した。

明日を生きる役にも立たない、ただのガラクタを作るために。

だが、その不器用な音色は、どんな力よりも雄弁に、彼が選んだ未来を語っていた。

ギドは、その優しい音色に包まれながら、もう一度、この少女と共に生きていくことを、静かに誓った。

物語の記録に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。


力だけが真実の世界で、ギドは力を手放すことを選びました。

その選択は、愚かで非力なものに見えるでしょうか。それとも、何よりも気高く、強いものに見えるでしょうか。


あなたにとっての「強さ」とは、何ですか?


次は、完璧な鳥かごの中で響く、魂の独白。

静かなる理想都市カナザワで、一人の芸術家が描いてしまった“禁断の絵”とは。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。

もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。


また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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