8話
街を歩いていると、様々な声が聞こえてくる。大半は二人に関わりもない営みの会話だが、そうではないのも少なくはない。そして、アウラの事を知っている者から知らない者。祝福の声があれば、そうではない言葉もあるのだ。
「あれ、【呪い子のアウラ】だろ?呪いは解けたって聞いたけど、やっぱりなんか不気味だな」
「やめとけ、聞こえたらどうすんだ」
「でもよ………」
二人組の冒険者と思われる男の会話。アウラは聞こえつつも、努めて反応を示さず聞こえていないふりをした。勿論思うところがないわけではないが、分かり切ったことでもあったからだ。
しかし、ルークのほうはそういうわけにもいかなかったらしく、その二人組を鋭い眼差しで睨む。彼もまだ齢10歳とはいえ、その地位と整った容姿も相まってその迫力は十分だったらしく、その二人も気まずい表情を浮かべてそそくさと退散していった。
「………兄さん、ボクは大丈夫だよ?」
「お前が大丈夫でも、妹を悪く言われて黙っていられるほど俺は我慢強くなくてな」
「………」
小さなため息とともに小さな笑みを浮かべる。先ほどは呆れていたが、彼も両親の血をしっかりと継いだ人間であるということだった。嬉しくもあり、呆れもあり………そんな様々な感情が沸き上がったゆえの表情だ。
しかし、いつまでもこんな話を続けるのは良くないと思ったのだろうルークは話題を変えるように切り出す。
「そうだ。どこか行きたいところはあるか?と言われても、この街に何があるかは分からんかもしれんが………」
「ん~………」
アウラは街を見渡す。何か目立つものでもあればと思ってのことだったが、その中で一番に目に入ったのは、少し離れた先にある大きな建造物だった。
「あれは?」
「あれ?………あぁ、闘技場だな」
「闘技場?街中で殺し合いをするの?」
「いや、あくまでも競技的なものだから不殺の制約は存在する。とはいっても、闘技用のモンスターとの戦いもあるから絶対とは言えないんだが………俺の記憶が正しければだが、丁度今も競技が開催されてる時間だったか」
「………野蛮なんだね」
「まぁな。けど、そういうのを好むやつらも少なくない」
「ふーん………」
アウラは興味なさそうに返すが、彼女の目的である星の魔術を極めるという行為。魔術は魔術師にとって永遠の研究課題であると同時に、争いのための力でもある。
(あの時のボクは躊躇いもなく魔術師を攻撃したし、抑えなかったらあのまま………)
無縁、というわけではないのだろうと感じていた。この世界では争いが身近であるからか、それに抵抗を持つ人間が少ない。民族性というものなのだろう。
同様に、少女の記憶とともに意志と感情も受け継ぎ少なからず影響を受けた自分は力を行使することに大きな抵抗が無くなっているのだろうと。
しかし、それでいいとも思っていた。魔術のそういった面も全て受け入れたうえでこの道を進むと決めたのだから、自分の都合のいいように事実を捻じ曲げるのは勝手なことだろうと。
「アウラにはそんなことに関わってほしくないし、興味を持ったところだったら申し訳ないが、あそこには行きたくないな」
「大丈夫。ボクもそういうのは好きじゃないし。だったら――――」
その時、唐突に闘技上の中から空に向けて大きな炎が上がる。流石に距離があるため熱が伝わるということはないが、あまりにも派手なその光景。アウラは驚いて言葉を途中で切ったが、それは周囲も同じだったようで数秒の静けさが周囲に広がっていた。
「………と、闘技ってあんなに派手なの?」
「いやまさか。出てきてもトロールが関の山だし、出場するやつらもナイトに届かないような奴らばかりのはずだ。魔術にしても、あんなのを使える魔術師なんかいるはずが………」
ルークの説明の途中、何かが闘技場の上空に飛び出す。その姿をしっかりと見ようとする前に、それはこちらへと向かってきているのを二人は見た。
アウラがそれが何か理解したとき、既に声を上げていたのはルーク。
「ワイバーン………!?」
大きな翼を広げ、闘技場から逃げ出したそれ。竜の中では比較的低級の部類だが、それでも闘技場に出てくるモンスターとは比べ物にならないほどの力を持つワイバーンだった。当然、本来ならばそのようなモンスターが闘技場にいるはずがない。
しかし、新たな試みとしてそれが行われていたのだ。ワイバーンを闘技用のモンスターとして捕獲し戦わせるという、闘技を好む人には堪らないであろう試みが。その準備もしたつもりであったが、十分ではなかったというのはこの結果を見る限り明らかであった。
「お逃げください!!」
周囲の騎士たちが素早く二人の下に駆け寄って盾を構える。ルークは騎士たちの言葉を聞いて咄嗟にアウラの手を取る。彼もまた高い魔術の適正があって、その能力は同年代と比べれば高いことは自負していた。
しかし、妹を守りながらワイバーンに立ち向かうなどという蛮勇を持つ者ではなかった。何より優先するべきなのは、彼女の安全なのだから。
「逃げるぞ!!」
「えっ、に、兄さんまっ――――いっ!?」
「っ!?」
しかし、焦りによって視野が狭くなってしまうのは年相応だった。体の弱いアウラの手を強引に取って逃げようとすればどうなるかなど、普段の彼なら分かり切っていたことだっただろう。
彼についていけず、盛大に転んでしまうアウラ。ルークがそれを見て動揺してしまったその時、空を飛んでいたワイバーンの瞳がアウラを捉えたのだった。