7話
アウラにとっては初めての外出。大きい街だというのは知っていたが、想像の中でしかなかったそれは実際に見て感動すら覚えていた。
「アウラ、ここから人通りが増えるからな。俺から離れるなよ」
「うん、分かった」
素直に笑みと共に頷く。内心では気になるものが多すぎてあれこれと見て回りたくなる衝動に駆られるが、勝手なことをしてルークに迷惑をかけてしまうのは本望ではないため大人しく彼の後に続いていた。
しかし、そんな中で最も気になった事は………
(騎士が多すぎる………)
どの方向を見ても必ず一人は視界に入る騎士の姿。警備が厳重なのは良いことのように聞こえるが、それにしても多すぎである。
そしてその過剰と言える警備に、アウラはもう理由すら察しが付いていた。
「全く………母さんも父さんも心配病だな。大丈夫って言ったはずなんだが」
「あ、やっぱりそうなんだ………」
「俺も昔は街に出た時こんな感じだったしな。今は流石にそんな面倒を見られることはなくなったけど、お前はまだしばらく心配されると思う」
(こんなに騎士がたくさんいるのに、街の人があんまり気にしてないのはそれが理由みたい………)
騎士団が警備を強めていると言う文面だけで見れば不安を抱かせる出来事だが、実際は子供の事が心配で堪らない親が騎士団を派遣したのだと聞けば、大体の者は気が抜けてしまう。
「でも、兄さんもボクの事をずっと気に掛けてくれてたって聞いたよ」
「…………母さんか」
「うん。でもボクは嬉しかったよ。そんな風に思って貰えてて」
アウラがそういって小さく笑みを浮かべると、ルークは一瞬目を見開き、そしてすぐに優しい笑みを返す。
「俺も嬉しいよ。こうやって一緒に街を歩ける日が来るなんてな」
「本当にね」
そんなほほえましいやり取りをしながら街を歩く。しかし、このニルヴァーナの街を治めるアルファーネ家の長男が、見慣れぬ少女とともに歩いているのは当然目立つ。
それでも彼女が誰かと聞くものがいないのは、既に彼女に関しての噂が広がっているからだった。
「ねぇ、もしかしてルーク様の隣にいらっしゃるのって、アウラ様?」
「騎士団が出てるってことはそうなんじゃない?まだ大変なことも多そうだけど、見る限り元気そうでよかったね」
「呪いを乗り越えたって噂は本当だったんだねぇ………やっぱり、アルファーネ家の人間は何かしら特別な何かがあるのかね」
時々子供への愛が爆発してこのような奇行があるとはいえ、それを差し引いてもアルファーネ家は代々素晴らしい統治を行い、多くの支持を得ている家だった。
ともなればそのアルファーネ家に降りかかった不幸は当然街の者達の耳にも入り、それに胸を痛める者も多い。だが、祝福するべき知らせも同様に広がるのだ。そんな人々の声も耳に入りつつ歩いていたとき、不意にルークが立ち止まる。
「アウラ、あれ食べてみないか?」
「あれ?………串焼き?」
「あぁ。他の貴族は、貴族が口にするものじゃないって言うんだろうけどな。小さい頃に父さんと一緒に街に出たとき、初めて食べたのがあれなんだ。勿論繊細な料理も嫌いじゃないけど、正直ああいう味の方が俺は好みだったみたいでさ。今も忘れられなくてな」
「そうなんだ。じゃあ、ボクも食べてみたいな」
「よし。じゃあ行こうか」
アウラとルークはその串焼きの屋台へと向かう。そんな二人を見た店主は、驚いたような表情を浮かべた。
「ルーク様!?お久しぶりでございます………そちらの方はもしや………?」
「あぁ、妹のアウラだ。街に来たからには、あんたのこれを食べさせてあげたくてな」
「そうでしたか………回復したとは聞きましたが、これはめでたいですな………!何本にしましょう?」
「ケルピーを2本で頼む」
アウラが少食であることは聞いていたため、自分の分とアウラの分で1本ずつ頼むルーク。すぐに店主は2本の串焼きを焼き始め、周囲に食欲を刺激する香りが漂い始める。
その香りに期待のまなざしを送るアウラだったが、それ以上は特に大きなリアクションはなく幼い子供にしては大人しすぎるほどだ。その様子を見てルークは腕を組んで思案する。
(俺の頃とは大違いだ。あっちこっちに興味を持っては父さんを困らせていたし………呪いと戦い続けたせいで、普通よりも大人びてしまったのかもな)
「………?どうしたの?ボクのことジッと見て」
「いや、悪い。ただ、楽しんでもらえてるかと心配になってな」
「そんな心配しなくても、凄く楽しいよ。ずっと屋敷から出れなかったし、今は兄さんと一緒だから」
「ウッ………」
迷いのないアウラの言葉に、ルークは胸を押さえて呻く。そんな兄の奇行にアウラは困惑していたが、店主はそんな二人を見て笑みを浮かべた。
「アウラ様は素直な子ですなぁ………ほい、ケルピーの串焼き2本、お待たせしました」
「あ、あぁ。ありがとう。ほら、アウラ」
「うん、ありがとう」
ルークから串焼きを受け取り、二人は屋台を後にしながらそれを食べる。当然ながら、元々はこういった食べ物のほうが馴染みのあったアウラの口にあったらしく、ルークが絶賛した通りの味に大満足していた。
その時のアウラの嬉しそうな様子を見て、ルークは彼女を街に連れてきてよかったと優しく笑みを浮かべるのだった。