66話
アウラの指揮の元、ニルヴァーナに住まう皆が準備を進めた。誰一人として諦めを浮かべる者はおらず、アルファーネの名を背負う少女が、暗闇を切り裂くことを信じて疑っていないのだ。
「………アウラ様。北側の準備は順調なようです」
「分かった。じゃあ少し様子を見に行こうかな」
ケインが持ってきた報告書を見ながら、アウラは頷く。その表情に怯えや緊張はなく、皆の意志を一身に束ねた彼女もまた迫りくる運命を皆で乗り越えることを確信している。
それは勿論彼女を一番近くで見てきたケインもそうだったが、それでもやはりこう思わずにはいられなかった。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
「ん、どうしたの?」
「………アウラ様は怖くないのですか?まだ幼いにも関わらず、その小さな体で民の期待と願いを全て背負ったことが」
自分ですらもしこの街の命運を1人で背負うことになってしまえば、その期待に潰されそうになってしまうかもしれない。騎士としての誇りにかけて、如何なる時でも毅然と敵に立ち向かう覚悟はあるが、それでも人としての感情を捨てたわけではないのだ。
それが、成人もしてない少女が今まさに皆の命運と期待を背負っている。アウラはその問いに苦笑を返した。
「………勿論、怖いよ?」
「!」
「でも、ボクがそれを表に出したら、皆はもっと不安でしょう?それに、ボクは信じてるから。皆の願いを一つにすれば、越えられない壁はないって」
「ですが………相手はあなたの師とこの街が誇る最強が仕留め損ねた相手なのですよ?」
「あの2人を相手に勝てないからこっちに来てるんだろうけど………ボクは、その師から直々に自分を超えることを託された弟子だから。君も先生のもとで学ぶボクを見てきたなら、信じてほしい。希望さえ失わなければ、きっと大丈夫だよ」
そういって、笑みを浮かべるアウラ。ここで初めて、一番彼女の成長を見てきた自分が未だに彼女を庇護するべき子供だと認識していたことに気が付く。どれだけ成長しても、子供は子供なのだと心のどこかで思っていたが、彼女は既にそうではなかったのだ。
「………もとより子供らしくはないとは思っていましたが、ここまでとは思っていませんでした」
「ふふ、そうかも。まだ子供でいたかったけどね。それに………これは皆には秘密だよ。もし、もし万が一の事があっても――――」
そうしてアウラの続けた言葉に、ケインは目を見開く。子供だと思っていた目の前の少女は、自分が思っていたよりずっと強い覚悟を持っていたのだと。
それから、準備を進める街の様子を見に来たアウラとケイン。そんな彼女の姿を見て声を掛ける者は多く、アウラもそんな人たちに笑顔を浮かべて言葉を返していく。そんなとき、アウラよりも幼い1人の少年が彼女のもとへ駆け寄ってくる。
「アウラ様!僕、もう担当する陣の詠唱を全部覚えたよ!」
「本当に?凄いね。もしかしたら、君はいつか凄い魔術師になれるかも」
「本当!?えへへ!」
「うん。じゃあ、今度は詠唱を覚えるのに苦戦してる子の手助けをしてくれるかな?」
「分かった!」
少年は大きく頷いて走り去っていく。元気だなと考えると同時に、あのような子供までもが諦めずに立ち向かおうとしている事実に、アウラはまた背負う責任を強く自覚する。そうして彼女たちがそれぞれの準備の様子を確認しつつ、街を歩いていた時だ。
懐かしい少女の声が、彼女の名を呼んだ。
「アウラ!!!」
「えっ?その声は………」
振り返ったアウラに、その少女が飛び込んでくる。ケインは護衛としてそれを止めようかとも思っていたのだが、アウラより先にそれが誰なのかを理解していた彼は、彼女の話を聞いていたこともあって止めなかったのだ。
「セリア!?ど、どうしてここに………!?」
その少女は、あのパーティー以来直接会う機会がなかったセリアだった。やはり以前よりも背が伸びて彼女異常に大人に近付いていたが、彼女はアウラの言葉に頬を膨らませて抱きしめたアウラから少し離れた。
「どうしても何もありませんわ!!偶然近くの領地に用があって滞在していた時に、あなた達が巨竜の進行を前に徹底抗戦の準備を進めてるなんて聞いたら、黙っていられるわけがないでしょう!?」
「うわ、もう噂になってるんだ………」
「当たり前ですわ!巨竜の出現はそれだけ大事なのですのよ!?まったく、あなたはいつも全く予想できなかったことをやってくれますわね!」
「ご、ごめんね………もしかして、心配して止めに来てくれたの?」
もしそうなら、首を縦に振ることは出来ない。そう思って心の中で覚悟を決めていたアウラだったが、セリアは彼女の言葉にきょとんとした表情を浮かべた後おかしそうに笑みを浮かべた。
「いいえ、止めるだなんてとんでもないですわ。私の一言で考えを改めるのなら、最初からこのような決断はしていないのではなくて?」
「それは………そう、かも」
「そうでしょう?なら、私がここへ来た理由も分かるのでは?」
「………力を貸しに、来てくれたの?」
「えぇ。だって、私たちは友達でしょう?それに、竜という災厄に対して地位も所属も関係なく力を合わせて真っ向からぶつかるだなんて、私好みの物語ですもの」
そういって、セリアはアウラの手を握る。あの奇跡の夜を目の当たりにしたものとして、彼女が成し得ようとしている事を馬鹿げているとは思わない。あの日のように必ずアウラはまた奇跡を起こすだろうし、その手助けができるのであれば1人の友人としてこうするのは当然だとすらセリアは思っていた。
「勝ちますわよ。絶対に」
「っ………うん。絶対に!」




