65話
街の大通りに集まった住民たち。流石にこの街に住む人々を余さず全員というわけではないが、それでもかなりの規模である。
そしてこれほど大々的に民が集められるなど、何らかの緊急事態が起こった時以外は有り得ない。何が起こったのだろうと不安にざわめく中で、アルクは用意された壇上に上がって皆の前に立つ。その後ろには、アウラとファルテシア、リリアが真剣な表情で立っていた。
「………ファル、大丈夫?」
「はい。私はもう、家族を失いたくないですから。それに、お姉ちゃんのことを信じてます」
ファルテシアの答えに怯えはなく、一切の疑いすら抱いていないのは一目瞭然であった。その期待と信頼を、アウラは初めて少しだけそれを重く感じた。
今までは彼女1人で解決できることばかりであったが、今回はそうではない。もし皆がアウラの事を信じられず逃げようとするのならば、それだけ実現できる確率は下がってくるのだ。
「皆良く集まってくれた。これから話すことを、どうか最後まで聞いてほしい!」
遠くまで声を届ける魔術を使い、それでも声を張り上げて全員に語り掛ける。ただならぬ事態が起こったのだと皆が確信しつつ、それでもざわめきが止まって彼の言葉に耳を傾けた。
「今、この街に巨竜が迫っている!我らが英雄、ガイアが征伐に向かった巨竜だ!だがその竜はガイアの圧倒的な力を前に、この街を喰らおうとしている!!」
アウラが狙われた時点でこの付近が激しい戦場になることは避けられない。仮に本当の標的であるアウラのみを犠牲にしようと、場合によっては結局この街を狙う可能性は十分にあるのだ。
逃げるか、戦うか。その2択が全員の頭に浮かび喧騒が起こる。竜という災厄を前に、人間が立ち向かうことは難しいのだ。
「皆が不安に思う気持ちも分かる!!逃げ出そうとするその考えは当然のものだ!!だが、本当にそれでいいのだろうか!?この街を離れ、安住の地を得られる保証はないだろう!!そもそも、この三大都市と呼ばれるニルヴァーナの民として、それを黙って受け入れられるのか!?」
アルクの言葉にまた静けさが取り戻される。だが、全員がこう思っただろう。しかし、自分たちが竜を相手に何が出来るのか、と。
「無論、皆に残れと強制するつもりはない!!だが私の娘、星の魔術師アウラはこう言った!!この街に暮らす全ての民の力があれば、必ずこの困難を打ち破れると!!もし………もし皆が私の言葉とアウラの力を信じ、共に戦うと言ってくれるのならば、我らはアルファーネ家の名に懸けて必ずそれに報いようッ!!この街に、誰一人欠けることなく巨竜の災いを打ち破ったという栄光を約束すると!!故に――――アルファーネ家を代表し、皆に頼みがある!!どうか、我らのために立ち上がってほしい!!!」
彼がそう締めくくったの後に、皆の視線がアルクとアウラを交互に移り変わる。全ての住民が集まったわけではないが、それでもかなりの人数だ。だが続くのは長い静寂であり、アウラは抱いていた不安が少し大きくなる。
いくら異名が付けられるほどの魔術師だとしても、まだ成人もしていない子供に命を預けろと言っているのだ。信じられないと言われても、当然だとすら思うだろう。それでも、諦めるわけにはいかなかった。そうしてアウラが一歩前に出て声を上げようとした時だった。
沸き上がる歓声が街を包んだ。それは非力な一般人や冒険者、そして混乱を抑えるために出動し、警備をしながら彼の演説を聞いていた騎士までもが一様に声を上げる。
「領主様がここまで言ってくれんなら、乗らないわけねぇよなぁ!?」
「えぇ!そもそも私達の故郷を守るのに、理由なんていらないわ!」
「巨竜がなんだって!?人の意地と力を見せつけてやる!!」
「アウラ様がやると言ったなら大丈夫さ!忘れもしない、ワイバーンを倒したあの光を見て、この人ならもっとデカイ事を成し遂げると確信したからな!」
口にする言葉は違えど、その意思は1つ。アルクの言葉を聞いていた誰もが、迫る暗闇に立ち向かうことを決めたのだ。
それは今までアルファーネ家が築いて来た信用であり、そして彼女が成す奇跡を信じての言葉だった。奮起する民の姿を見てアウラは呆気に取られて目を見開くが、アルクは振り返ってアウラに手を伸ばす。
「アウラ、こちらに来なさい。これからお前が皆を導くのだから、ただ黙っておくと言うわけにはいかないだろう?」
「………うん」
(………こういう時に、なんて言えばいいのか分からない、けど)
アウラはアルクの手を取って皆の前に立つ。彼女は父のように見事な演説をすることは出来ない。だが、こうして皆の固い覚悟を見た以上は彼女もまた相応の決意を示さなければならない。
今までとは訳が違う。乗せられた期待はあまりに多く、その責任はあまりに重い。この街に住まう数万の人々の命を背負い、失敗すればその尻拭いをしてくれる者もいない。
それでも、今はその重みが彼女を突き動かすのだ。アルクが先ほどの魔術をアウラに使い、彼女は口を開いた。例え拙くとも、自分の思いを伝えるために。
「………皆、信じてくれてありがとう。ボクはまだ、父のように皆の心を動かすような言葉は言えない。でも、約束する。アルファーネの名に懸けて、ボクは必ずこの苦難の道を照らし、皆を明るい未来へと導く。だから、改めてみんなの力を貸して欲しいんだ。皆が持つその眩しいほどの希望の力が、きっと光を強くしてくれるから」
アウラがそう締めくくると、更に街は大きな歓声に包まれる。その声は街の外にまで轟き、まるで迫る絶望が嘘のようだった。そして、アウラは目を閉じて胸の中心に手を添えると、目の前で輝く人々の希望に呼応するかのように小さな光が放たれる。
その光の持つ温度を感じ、アウラは目を開く。そうして、ニルヴァーナの民は立ち上がったのだ。この街に暮らす民は誰一人として街を出ず、偶然この街を訪れていた他所の貴族や一部の商人達は去ったが、それも数えられる程度だ。
少なくともこの街に残る者達の思いは1つであり、すぐに皆が動き出したのだった。




