63話
ラーグリア王国の領地の一つ、アウラの暮らすニルヴァーナから馬車で3週間ほどの場所に位置するゼルエ領地は現在激しい戦火に包まれていた。怒号と魔術が飛び交う中、人に相対するのはたった1体の竜。しかし、それは山々すらも見下ろすほどの巨体を誇る、歩く災害とも言えるような巨竜であった。
「くそっ………!全く効いてないぞ………!!」
「む、無理だ………俺たちであんなのをどうにかできる訳ねぇ………!」
隣接するハグリス領はこの竜の進行によりほぼ壊滅状態となり、数えるのも馬鹿らしいほどの犠牲が出ている。ただの咆哮で周囲の森の木々を大地ごと抉り取る衝撃波を生み出す、文字通り災害とも言える存在に対して抗う術を持った人間は限られているのだ。
「………来たか」
「ふむ。ラーグリア王国には竜が多いと言うが、あれほど大きな竜が眠っていたとはな」
だが、その限られた人間がラーグリア王国には数人いる。大きな鎧に全身を包み、大剣を地面に突き立てて巨躯を見上げるのは、アルファーネが擁する最強の騎士ガイア・ユニベル。
そして魔導書を持って険しい顔をしているのは、アーレス家が擁する『魔術卿』アルベール・メイガスであった。
この両名が戦線を共にするのは初めてだったが、それほどの事態という事の表れでもある。永い文明の中で、人類が克服した災害や危機はあまりにも多い。過去にアウラが殲滅したデーモンの軍勢すら、昔の人類には対応しようのない災厄であったのだ。
だがそうして人類が進化し、魔術に関しては"到達点"に至った今だからこそ、とある事実が浮き彫りとなる。竜という地上最強の種族を、人類が完全に克服するのは不可能だと。
「悪竜を下したお前から見て、あれをどう思う」
「ふっ………アルベール殿。私が今、震えているように思いますか?」
「………いや」
「そうでしょうね。私は初めてあの悪竜と対峙した時、震えが止まりませんでした。あの日感じた圧に比べれば、この巨竜はまだ弱い。ですが………堅いという一点だけであれば、目の前の存在は彼の竜を上回るかもしれません」
ガイアは大きく息を吐く。2人の背には、この領地の沢山の命が圧し掛かっている。並みの兵器や魔術では意に介することもなくその歩みを止めない竜を前に、その責任はあまりにも大きい。
「必ずここで止めなければ」
「無論」
ガイアが地面に突き立てていた剣を抜き、アルベールも魔導書を開く。そして、ガイアの兜の奥の瞳が鋭くなったと同時に、周囲へ向けて叫んだ。
「全員下がれ!巻き込まれたくなければッ!!」
大剣が炎を纏い、ガイアは一気に飛び出す。それはおよそ凡人の目で追える速度ではなく、一瞬にして巨竜の下まで辿り着くガイア。そして一歩で小さな村ならば踏みつぶしてしまうであろう巨大な右足を引っ掛かりにして上へ上へと跳んでいく。
巨竜は自身の体を上ってくる煩わしい虫を払うかのように体を激しく震わせようとしたが、アルベールが放った巨大な氷塊に幾つも叩きつけられ、その巨体の左半身が凍てついて巨竜の身動きと周囲の温度を急激に奪っていく。ガイアはそんな巨竜の背を猛烈な勢いで駆け上り、最も高い巨竜の角を目指した。
「"赫灼を纏いし我が剣。その焔にて万象を絶つ"!!」
詠唱の後、ガイアは巨竜の角を蹴って上空へと躍り出る。そして、その剣に纏う炎が天を穿つ程に巨大化し、周囲の景色が二重に見えるほどの灼熱を放つ。
「はあああぁぁッッ!!!!」
その大火を、纏わりついた氷を払おうと必死になっている巨竜へと振り下ろす。瞬間、それは太陽と見紛うほどの激しい爆発が巻き起こし巨竜を飲み込んだ。周囲の植物は燃える間もなく灰燼と化し、緑が消え失せ余燼の草原が広がる。
正に焦土と化した平原だが、それを見た戦士たちは歓声を上げる。だがアルベールは魔導書のページを更に捲り、着地の寸前に剣から放った炎で落下の勢いを殺して降り立ったガイアは叫ぶ。
「気を抜くなッ!!この程度で仕留められる相手ではないッ!!」
その言葉通り、燃え続ける焔の中から巨竜が姿を現す。外殻が熱され赤熱しているが、未だに弱っている様子はない。
それを見て、中には絶望の表情を浮かべる者もいる。下手をすれば地図を書き換えなければいけないほどの一撃を以てしても、この存在が地にひれ伏すことはないのかと。
「"大いなる呪縛。幾万の歳月を超え、大地に眠る大いなる力を顕現せん"」
アルベールが詠唱を紡いだ瞬間、巨大な鎖が大地から伸びて巨竜を絡めとり、更に巨竜の周囲にだけ唐突に激しい吹雪が吹き荒れ始めた。
あの堅牢な鎧を強引に突破するのはアルベールと言えど難しい。それは先ほどのガイアの攻撃によって明らかになったが、だからと言って手段がないわけではない。魔術という学問を究めたからこそのやり方があるのだ。
赤熱化していた外殻が急激に凍てついていく。恐らくその堅牢な鎧は内部に冷気を伝えることはないだろうが、十分であった。
「構えておけ、焔騎士」
「承知………!」
その時、パキンと甲高い音が平原に響く。その音を聞いたアルベールは、らしくなく小さな笑みを浮かべる。そして次の瞬間、あの堅牢な巨竜の背中の外殻の一部に大きな亀裂が入ったのだ。
「跳べっ!」
アルベールの言葉にガイアは迷わず従って大きく跳ぶ。すると、堅牢な鎧に身を包んだガイアを風の道が包み込み、一気に加速して巨竜の背の上まで飛んだのだ。更にガイアが剣に炎を纏えば、残る風の道が旋風となって焔を巻き上げ、それは劫火の竜巻となって周囲の大地を削り取る。
そして――――
「"日輪の怒りを纏いし剣よ!!この一撃を以て、我らが戦火の幕引きとしよう"ッ!!」
更に巨大となった焔が巨竜の背を薙ぐと、巻き起こった爆発が天を射抜き、その外殻を吹き飛ばしながら巨竜を飲み込んだのだった。




