60話
アウラが籠城を始めてから1週間を少し過ぎた頃。アウラのいるラーグリア王国から大体1ヶ月ほどを掛けて辿り着く、雄大な自然が特徴であるグランゼオ王国の王都ベスティアにて、その王城へ黒衣を纏った人物が向かっていた。
「止まれ。何者だ」
「………」
かなりの巨体を誇る門番の男に止められた黒衣の人物がそっとフードを下ろす。すると、長い銀髪と大きな狼の耳のある女性の顔が現れた。
門番の男はその顔を見て表情を軟化させながら、近くにいた部下を王城の中へ向かわせる。
「………聞かずとも、ニオイで分かるだろうに」
呆れたように目の前の男へと言う。そう言われた門番の男にも熊の耳があり、しかし男は苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「通行儀礼だよ。ニオイは誤魔化しやすいしな。それより、ここにいるのがあんただけって事は………」
「あぁ、失敗だ。と言うよりも、ターゲットと接触することすら叶わなかったけどね」
グランゼオ王国は人の身体に動物的な特徴を持つベルーヴァ族の国であり、あらゆる国とも馴れ合わず極めて排他的であることで知られる者達であった。
更に種族として肉体的に屈強かつプライドが高い事でも知られるが故に、他国からも煙たがられ関わろうとしない者達でもある。
「接触すら………?そんなに警備が厳重だったのか?」
「街全体の警備はそこそこだね。しかし、ターゲットの陣地は別だ。一帯に探知用の結界が張られていたせいで、潜入は不可能だった」
「………そう、か。それはまた厄介だな。所詮は子供だと思ってたんだが」
「私もさ」
肩を竦めながらそう返す。それから数分ほど雑談を交わす2人のもとへ、先ほどの部下が戻ってきた。
「現在会議中ですが、すぐにでも報告が欲しいとのことです」
「了解した。では行こうか」
そう言って部下の男と共に城へと入っていく。そうして長い通路を暫く進んだ先で、重く固そうな扉の前に辿り着いた。
そして部下の男が扉をノックすると、中から「入れ」と低い声が入ってくる。
「………」
小さな深呼吸をして戸を開く。そこには広い部屋と長いテーブル、そしてそれを数十人のベルーヴァがテーブルを囲って座っており、そしてその奥には髪と髭が獅子のたてがみを思わせる厳格そうな顔をした男が鋭い視線を向けていた。
「戻ったか、ラウェナ。だが肝心の『星の愛し子』の姿がないようだが?」
皆の視線が集中する中で、低い声が彼女の名を呼ぶ。だが、まるで威圧されているようにすら感じるその声に臆することなく、ラウェナは答える。
「申し訳ありません。任務は失敗しました」
「………お前ほどの者が、ヒューマンの娘1人すら捕らえることが出来なかった。そう言うのだな?」
「はい。その通りです」
やや表情を曇らせながらもはっきりと答えた彼女の言葉に、会議室に集まっていた者達の間にざわめきが起こる。
そして彼女に問いかけをした男………グランゼオ王国の国王、ダイア・グランゼオは大きな溜め息を溢したのだった。
「はぁ………お前がそう言うのならば、相応の理由があったのだろう。報告を頼む」
「はい。まず、ターゲットの陣地内には結界が張られており潜入は不可能でした。そこで私はターゲットが散歩を日課にしているとの情報を掴み街に現れる時を待っていたのですが、丁度私の計画を察知したかのように、ターゲットは一切敷地内から出てくる事が無くなってしまったのです」
「………悟られたのではないのか?」
ダイアから訝しげに尋ねられたラウェナは、少し迷うような間を置いてから首を横に振る。
「………何かしら勘付かれたとは思いますが、そもそも私は1度もターゲットと接触しておらず、姿すら確認出来ていません。ですが次の計画に移ろうとした矢先、何者かに追われている事に気付き帰還した次第です」
「ふむ………」
「………まさか、あのラウェナがそこまで徹底して封じられるとは。全てにおいて相手が上手だったとでも言うのか………?」
「ふん、ヒューマンとは思えん嗅覚だな」
全ての報告を聞き、ここに集まった者達の反応は三者三様であった。しかし、彼女の力不足を疑う者がいないのは、彼女のこれまでの実績がその実力を疑いようの無いものだと証明しているからこそだ。
しかし、失敗の原因はさして重要ではない。結局は、回りくどいやり方で目標を手に入れるのは不可能だと言う結果のみが重要なのだから。
「………何が必要だ」
「少なくとも、この手段を続けるならば多大なリスクを取る必要があります。ここまで周到な相手ですから、まず正体がバレないと言うことはないでしょう」
「………つまり戦争になる、か」
ダイアが重々しく呟くと、この部屋全体が静まり返る。三大貴族とも呼ばれる家の令嬢を誘拐するなど、それは即ちラーグリア王国への宣戦布告に他ならない。
しかし、ラーグリア王国は人類種最強とも言われる英傑を数人抱えた大国である。全国民が戦士とも言えるグランゼオ王国ならば恐らく平均値では勝るだろうが、彼らのような外れ値に対する手段は持ち合わせていないのだ。つまり………
「………我らにも、変革が求められているようだな」
そんなダイアの呟きに、座っていた一人の男がバッと立ち上がる。
「陛下!しかしそれは我らベルーヴァ族の誇りを――――」
だが口を挟もうとした男を、数人が同時に睨み付ける。それはダイアも例外ではなく、その鋭い瞳に捉えられた男は咄嗟に口を閉ざしてしまうのだった。
「もはや数千年の誇りなど無意味だ。手遅れになる前に動かねばならん。あの【忌みもの】に、ベルーヴァの子らが食い潰される前に」




