5話
あれから更に数週間。呪いによって蝕まれた日々を取り戻すようなアウラの健やかな成長には誰もが喜んだ。両親はもちろん、ティアネ以外の屋敷の従者達もそうだ。
そうして皆に温かく見守られていたアウラは少しずつ自室のベッドから、屋敷の書斎にいる時間が増えていた。
「アウラ、ちょっと良いかしら」
「?どうしたの?」
あの日から、アウラはアルクとリリアに敬語で話すことをやめていた。今までの敬語は、『他人の親』に対する他人行儀さから来るものだと気付いたからだった。
本当に二人を家族だと認めて生きるのならば、まずは自分から歩み寄らなければいけないと思ったのだ。
「今日、ルークが帰ってくるのよ。あなたが目覚めたって手紙を出してから、ずっと会いたがっていたみたいなの」
「………兄さん?」
「えぇ。あなたが赤ん坊のころに一度だけしか会っていないから、覚えてないかもしれないけれど………」
リリアの言葉通り、アウラの記憶の中にも無意識下の記憶までは残っていないらしかった。それでも名前は流石に知っていたようであり、心の中では会ってみたいと願っていたようだったが。
(ボクの心残りの一つ………ちゃんと、挨拶しなきゃ)
ルーク・アルファーネ。アルファーネ家の第一子であり、今年で10歳となる兄である。現在は学園の寮で暮らしているためこの屋敷にはいないが、妹が目覚めて容態も安定化していると聞いた彼は、どうしても会いたいと学園に頼み込んで許可が出たらしい。
「そうなんだ………うん、ボクも楽しみだよ」
同じ家で暮らしていたのに、たった一度しか顔を会わせていない兄。
仲良くなりたいと願いつつ、アウラは別の事にも興味を引かれていた。
(学園………)
貴族の通う学園には、貴族としての勉学以外にも魔術を学び、鍛える科目がある。今の彼女も書斎にあった魔術教本を読んで独学で魔術を学んでいるものの、そう簡単にいくのなら苦労はしない。
(…………行ってみたい、けど)
元々、現代社会の高度な教育を受けていた経験から独学でも全く理解出来ないわけではなかったのが彼女にとっては幸いであった。
だが叶うなら正しい場所で、正しく魔術を学びたいと思うのは当然だ。しかし、それを躊躇う理由もある。
「…………」
そっと右目の包帯に手を添える。自身の体である以上、その外見や境遇の自覚も当然あった。
【呪い】を持って生まれた境遇に、それによって弱り、消えない傷痕が刻まれた体。本来なら貴族らしく整った外見だと言えるはずだったが、それが寧ろ痛々しさを感じるのだ。
(友達も、出来ないだろうし………)
美と高貴さを何よりも尊ぶ貴族社会において自分は異物なのだと言うことを、誰よりも理解していたのだった。
(やめよう。折角の再会の前に、こんなこと考えるものじゃないや)
今はそんなことよりも兄との再会のことに意識を向けるべきだろうと考え直し、改めてリリアの方を見る。
「えっと………兄さんってどんな人なの?大まかな話しか聞いたことなくて」
「そうね………あなたと同じく、私たちの自慢の子よ。優しくて強い………本当に良い子に育ってくれたわ」
「そっか………すごい人なんだね」
「えぇ。きっと仲良くできると思うわ。それに、ルークはずっとアウラの事を気に掛けてたもの」
「………そう、なんだ?」
どう反応すべきか悩んだアウラは、少し歯切れ悪く答える。しかし、リリアは優しく笑みを浮かべて頷いた。
「学園の寮に移る前、一度でも兄らしい事をしてあげたかったって言っていたわ」
「…………」
(あの日沸き上がった感情のこともあるし、ボクの一族は身内への情が深いのかも)
心の中で苦笑しつつ、アウラは本を閉じてリリアとの談笑を始める。そうして1時間ほどが経った頃、ティアネが二人を呼びに来た。
ルークが到着し、二人を待っていると。ティアネに案内され、向かったのは広い談話室。テーブルを挟んだ向こう側のソファーに、アルクと金髪の少年が座っていた。
「っ………」
少年は部屋に入ってきたアウラの顔を見て目を見開き、向かいのソファーにリリアとアウラが並んで座ったのを見て緊張したような面持ちで話し始めた。
「何て言えば良いか、分からないけど…………回復したって聞いて、どうしても話したかったんだ。アウラ」
「うん………ボクもだよ、兄さん。こうして話すことが出来て、凄く嬉しい」
「っ………あぁ!俺もだ!」
アウラとルークは互いに笑みを交わす。アウラは一つの心残りを達成出来たことに。そしてルークは自らの妹に家族として接することすら出来なかった悔しさを払拭出来たことで。
これが、彼の兄であるルーク・アルファーネとの出会い。そして、彼の兄魂に火が着いた瞬間であった。