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56話

 あれから数日。アウラの建てた計画により、貴族達の陰謀は速やかに終息しつつあった。とは言え、全ての貴族を断罪出来るかと言えばそういうわけにもいかない。

 今回の件に関わっていた中でも比較的影響力の小さい家を幾つか見せしめにするのが限界だったが、それでも強い効果はあったようだ。


「………ううむ」


 今回の件を纏めた書類を見ながら、アルクは小さく唸る。緊急を要する件であったことは間違いないし、殆ど解決に向かっている現状を嬉しくも思っている。

 協力者たちへの報酬である食料と言うコストは掛かったが、仮に工作や不正等が続いた際の損害を考えればまだ安いと言えるのも事実だ。

 しかし、それでも彼が憂いのある表情をしているのは………


「………何か駄目だった?」

「いや、そうではない。結果を見れば、これ以上ないほどに上々だ。お前の成長を嬉しくも思う、が」


 アルクはそこで言葉を切る。アウラはそれに少し緊張した面持ちで彼の顔を見つめると、アルクはかなり言いづらそうに………しかし、娘のために言わねばならないと覚悟を決めた。


「だが………私としては、お前には薄汚い政治などには関わらずのびのびと成長してほしいと思っている。一度足を踏み入れれば、そこには悪意や策謀が常に渦巻く。ルークはそれも理解したうえで家を継ぐことを決めたが、お前は………もっと別の道に、輝かしい未来があるだろう?私は、お前の夢を応援したい。故に、お前にはその責任を背負ってほしくはないんだ」

「………そっか」


 アウラは少し寂しそうに笑みを浮かべる。その表情を見て、アルクは酷く胸が痛んだ。無論、娘が自分の力になりたいと思ってくれたことはとても嬉しいし、彼女の新たな才能を垣間見て喜んだのも事実だ。

 しかし、アウラを可能な限り政治から遠ざけていたアルクからすれば、その能力は歓迎するものではなかったのだ。暫くの無言が続いた後、アウラはゆっくりと目を閉じる。


「………ありがとう、お父さん。ボクが今までそういう人たちと関わらずに来れたのは、お父さんが影から守ってくれてたからなのは分かってる」

「………それがお前のためになっていたなら何よりだ」

「うん。でも、ね」


 アウラはそういって瞳を開いて、アルクを正面から見据える。その顔に浮かんだ笑みには、寂しさや感謝………そして確かな覚悟があった。そんな子供らしくない表情を見たアルクは僅かに目を見開く。



「ボクは一度も、アルファーネの名を背負っていることを忘れたことはないよ。口も利けなかったボクを愛して、家族と呼んでくれた皆が好き。だからその繋がりは全部大事にして、ずっと背負って生きていきたい。この名前にある責任も誇りも………全部、お父さん達との繋がりだと思うから」

「アウラ………」

「我儘だよね。夢があるなんて言っておいて、貴族としての責任も捨てたくないなんて。でも、それくらいボクはお父さんの娘であることを誇りに思ってる。アルファーネ家としての責任の全てを背負うことは出来ないけど………出来ることをしたい。少しでもいいから、ボクに出来ることを」


 はっきりとした覚悟の言葉。そんな彼女の言葉は全く子供らしくはないようで、自分の願いを一つも諦めない子供の理想を語るようなものであった。しかし、そんな子供の理想を彼女はどこまでも本気で叶えようとしているのだ。

 その純粋さは危ういようで、それこそが彼女の可能性を広げる強さなのだとアルクは気付いたのだった。


「………私は、お前を正しく見てやれていなかったみたいだな」

「少し前まで留学もしてたしね。だから、お父さんには見ててほしいんだ。『魔術卿の後継者』、『星の魔術師』………そして『アルファーネ家の長女』としてのボクを、全部」

「はは、もう目を離したくても出来ないさ。そうだな………お前がそう決めたのなら、迷わず進みなさい。だが、そうと決めたからにはリタイアは許さないぞ?お前はアルファーネの一族なのだからな」

「勿論。頑張るよ」


 アウラは大きく頷く。それにアルクも笑みを浮かべて満足したように頷き返すが、「ただし」と言葉を続けた。


「何よりも、お前の夢を叶えることがまずは絶対だ。そして、10歳の子供に大きな責任を背負わせるわけにもいかない。時々経験を積むために手伝いをしてもらうことはあるかもしれんが、まずは魔術師としての勉強に力を入れなさい」

「うん、分かった」

「………それと、それとは別に私から頼みたいことがあってな」

「なに?」


 小さく首を傾げるアウラ。今の話の流れからすれば政治の話とはまた別だろうが、それで自分に頼みたいことの心当たりがなかったからだ。


「ファルテシアを気に掛けてあげなさい。より正確に言うのなら………あの子を、外に連れ出してやって欲しいんだ」

「外に?………ふふ。心配性なのに、お父さんからそう言われるとは思ってなかったな」


 くすり、とからかうように言うアウラ。アルクはそれを聞いて少し気まずそうに視線を右往左往させ、言い訳をするように口を開いた。


「騎士は出すが………いやその話はいい。だが、これもあの子の事を心配するが故だ。ここに来てから、あの子は家の敷地から一度も出ていないだろう。あの子はまだ、外を怖いものだと思って見ようともしていないんだ。そして、自らの足で進む力を持たない者はいつか孤独になる。だからファルテシアに外の世界を見せてやってほしい。あの子の未来のためにな」

「………」


 彼が話すのは遥か先の………自分たちが大人になった更にその先の話だろう。これからどれだけアウラの未来視が成長しようと、決して見ることが出来ないほどの未来。

 血の繋がりが無くともそこまで見据えて話す彼のファルテシアへの愛情は、決して偽りなどではないのだろう。


「………うん、任せて。白竜とも約束したしね」

「ふむ、どんな約束だ?」

「ボクがあの子の手を引いてあげるって約束だよ。実は、昔兄さんがボクにそうしてくれたみたいに、今度はボクがファルを外に連れて行ってあげたいって思ってたんだ」

「そうか………では、任せるぞ」


 アウラは大きく頷く。その姿を見て改めて娘の成長を実感したアルクは安堵し、同時にいつかの彼女の将来に思いを馳せるのであった。






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