54話
時は少し遡る。リリアからアルクの話を聞いたアウラは、その翌日に彼の執務室を訪れていた。アルベールのもとで魔術師として成長し、件の事もあって成長を感じている。その力を家族のために使うことは、当然だと思ったからだ。
「怪しい動きのある貴族達が街で活動してる?」
「そうだ。恐らくその者達の手引きと思われる工作もあるが、証拠が掴めなくてな」
そういって、彼は眉間にしわを寄せる。アルクもこのような政治の話を彼女にしたくはなかったのだが、娘として………そして、アルベールのもとで修行を積んだ魔術師として力になりたいとお願いして話して貰ったのだ。
話の内容は………言い方は悪いが、至極当然の事とも言える。影響力の強いアルファーネ家を良く思わない者は多く、更に今は『星の魔術師』と呼ばれる令嬢や『生きる伝説』とまで言われた騎士を抱えているのだ。何かしら弱みを握って………と考える者もまた少なくはない。
「でも、うちにも裏の人達はいるんだよね?その人達は使わないの?」
「………リスクが大きい。仮に失敗すれば、私達が窮地に追いやられてしまうからな」
裏の人間………可能な限り、そういった薄汚い政治からは遠ざけていた彼女からそのような言葉が出てくるとは思わなかったアルクだが、そもそも彼女自身が政治に無関心と言うわけではない。
貴族として、自身の振る舞いはその名に直結する事を理解していた。そして家族が好きだからこそ、最低限は貴族としての勉学もするし、ただ清く潔白なだけでは三大貴族と言われる程の大きな家を守ることなど出来はしない事も理解していたのだ。
「なるほどね………」
アウラは少し視線を反らし、どこか遠くを見つめる。その琥珀の瞳に光が宿っていると気づいた時、アウラが再びこちらを向いた。
「じゃあ、こんなのはどうかな?」
「街にある貴族共の屋敷に忍び込んで、工作や不正の証拠を盗んでこい、だと?」
「そうだね。もし期待通り仕事を完遂出来たら、あなたたちに恩赦を与えて、無罪放免にしてあげるよ。ついでに、欲しかった食料と一緒にね」
「………」
男は目の前の少女の正気を疑った。それは、自分達にそのような事を任せる事についての疑問ではない。
一見無垢なように見えた幼い子供が、ここまで合理的な貴族の面を持つことにだ。それも特別なことを言うような様子ではなく、まるで普通の世間話でもしているかのような雰囲気すらあった。
「驚いたかな?じゃあ、どうしてあなた達にこの仕事を任せると思う?」
「………仮に俺達がヘマや裏切りをしようが、俺達の身柄や発言の信憑性を保証するものはないからだろ」
「正解。頭も回るみたいだし、これなら安心して任せられるかな」
アウラが満足そうに頷いたが、それに対して男は憎々しげに歯を噛んで目の前の少女を睨みつけた。
「勘違いするな!貴族の飼い犬になるのはごめんだクソガキッ!!」
「………飼い犬?ふふ、あなた達こそ勘違いしてるんじゃないかな?」
男の罵声にも動じず、アウラはきょとんとした表情を浮かべた後にそっと笑みを浮かべる。騎士の何人かは男の無礼を咎めようとしたが、アウラはそれを片手で制する。それを舐められていると感じた男は怒鳴りつけようとして――――その目を見て、口を閉ざす。特段睨まれたわけではない。冷たい視線をしていたわけでも、逆に愉快そうなわけでもなかった。
しかし、その瞳ははっきりと男を見ているようで、どこか遠くを見ているように見えたのだ。
「従順であれば餌と愛情を与えてもらえる飼い犬と、今のあなた達は全く違うよ?あなた達には結果を求めてるからね。利用価値があるから利用するし、あなた達の失敗の責任を取るつもりもない。それでも、あなた達にはボク達と取引をするだけの材料があるから、こうして話を持ってきてるわけだけど………まぁ、嫌なら断ってくれてもいいよ?その時は盗賊として捕らえるだけだし」
「………俺を殺さねぇのか」
「命を奪うのは好きじゃないよ。あなた達も牢獄の中で死んでいくよりは、チャンスがあるならそれに乗る方がいいんじゃないかなって」
そう話しつつも、誰にでも甘い訳ではないのは今のやり取りからも明らかだった。護りたいものがあって、優しさだけでそれを護ることは出来ない。星の光が闇を払うように、降り掛かる悪意を払う強さがなければいけないのだから。
ほんの僅か、ほんの僅かに彼らの天秤がアウラの提案に傾いた。男は小さくアウラに尋ねる。
「………食料の具体的な数は」
「60人分を3ヵ月。腐ってお腹を壊すのは嫌だろうから、殆どは保存食になると思うけどね」
「なっ………ろく、じゅう………」
男は目を見開く。ここにいる人数が20人で、普通ならばその人数を基に考えるはずだ。しかし、アウラは迷いなく60人分と言ったのだ。偶然か、それとも………そう考えていた男を見ていたアウラは手を後ろに回した後、男の耳元に顔を寄せて囁く。
「だって、ご飯を待ってる人たちがいるんでしょう?みんなのためにも、ここで捕まっていられないんじゃない?」
「――――」
ズルいだろうな、とアウラは自覚していた。自分と同じように、彼らにも護りたいものがあることを最初から知りつつこんな話をしているのだから。彼女自身、こんな手段は好みではない。
しかし、それでも護るべきもののために自分を曲げる覚悟はあった。そしてそれは彼らも同じだ。
「………分かった。条件を、呑む」
「うん、良かった。後でターゲットは教えるから、お願いね」




