51話
アウラが街に帰って1ヶ月と少しが過ぎた頃。彼女が帰ってきたことは瞬く間に話題となったが、同時にアルファーネ家が養子を取ったと言うのも大きな話題を呼んだ。
無論、貴族達の間でも同じであり、特につい最近までアウラの留学先であったアーレス家の者達がその知らせを聞いたときの驚きは語るまでもないだろう。
「………あ、あの、アウラさん。今いいですか?」
そんな言葉と共に工房へ入ってきたのは、妹となった少女。彼女の来訪にアウラは小さく笑みを浮かべて振り返った。
「ん。いらっしゃい、ファル。どうしたの?」
「ここ………良く分からなくて」
愛称でファルと呼ぶようになった妹は貴族としての勉強は勿論、姉と同じように魔術の勉強も熱心であった。それは、アウラという魔術師が如何に凄い人物であるか話していたメイドたちの話を聞いてしまった事と、自分をここへ連れて来てくれた姉への憧れもあったからであり、そのためこうして工房を訪ねてくることも多いのだ。
「どれどれ?………あぁ、なるほどね。じゃあこっちの教本も参考にしながら一緒に勉強しよっか」
「あ、ありがとうございます………!」
生育環境もあって実は人間社会の常識に疎いのでは………と心配していたが、そのような事がなかったのはあの白竜の教育のおかげだろう。
ただし、例外もあるが。
「あ、なるほど………つまり………」
「うん、その通り。ファルは飲み込みが早いね」
魔術の初歩も途上である少女。小柄で痩せたその体躯はあまりに非力なように見えるが、その身には白竜の魔力と、その膨大な魔力を生み出す能力の両方を宿しているのだ。
(………そういう意味では、この子がアルファーネの姓を貰ったのは幸いだね。ボク自身、厄介な人に絡まれずに済んでるのはこの名前があってこそだから)
竜の魔力を宿す少女と【星】の魔術を扱う者。どちらも常人とは全く違う特異性を様々な面で発現させてしまっており、見る人が見ればこれほど貴重な研究対象は早々ない。
幼かった頃のアウラを連れ去ろうとした魔術師然り、もしアウラやファルテシアが貴族でも何でもない娘であったなら、ああいった魔術師に追い回される日々になっていたかもしれないのだから。
「?………どうかしましたか?」
「ううん、なんでも。それより、他に分からないところはない?」
「えっと………じゃあ、ここも………」
「うん、いいよ。じゃあまずは――――」
最初は引っ込み思案で物静かな子だと思っていたが、年相応にやや甘えん坊だったファルテシア。実際のところ、現状最も信用している姉に会う口実を作るためにこうして魔術を教わりに来ているというところもなくはない。
「あら、2人ともここにいたのね。魔術のお勉強?」
そんな言葉と共に工房に入ってきたのはリリアであった。彼女の問いにファルテシアがこくりと頷くと、彼女はそっと優しい笑みを浮かべた。
「ふふ。勉強熱心で偉いわね。でも、ちゃんと休憩も大事にしなさいね」
「はい、分かりました」
ファルテシアがそう答えると、リリアも満足げに頷いて持ってきていたお茶とお菓子を並べていく。
本来ならこう言ったことはメイドの仕事なのだが、娘達との時間を大事にしたいリリアがお世話をしに来ることも多かったのだ。
「ありがとう、お母さん」
「どういたしまして。それにしても、アウラもすっかりお姉さんになったわね」
「………そうかな?」
「えぇ。アルベールさんの所に行く前はあんなに小さかったのに、見違えるくらい背が伸びたわ。あの頃も可愛かったけど………」
「恥ずかしいからやめて…………」
照れように少し顔を赤くするアウラ。4年と言う時間の中で、アウラは小柄なのは相変わらずでも、どこか弱々しさを感じるような雰囲気はなくなり、神秘的で高貴さを纏う少女へと成長していた。
母であるリリアは、娘の健やかな成長への安堵と、それを近くで見守れなかった事への寂しさの両方を覚えていたのだった。
「ここは前の魔力の指向性から発展した内容で………」
「なるほど………」
(………今がこうして幸せそうなら、それでいいわよね。それに、ファルテシアのことも)
彼女を養子に迎える事が決まったとき、それを喜んだのはアウラとファルテシアだけではなかった。
アウラが生まれる前まではあと1人か2人は子供が欲しいと思っていたリリア達だったが、アウラが生まれたことでそれは出来なくなっていたのだから。
それでも、今目の前に広がる光景は紛れもなく仲の良い姉妹の姿であり、決して叶うことはないと思っていた光景でもあった。
「………それじゃあ、私は行くわね。アウラ、お姉ちゃんになったからって、ファルテシアを甘やかしてばっかりはダメよ?」
「え、それお母さんが言うの………?こほん。うん、またね」




