4話
唐突な魔術な行使。それは両親や従者たちにとって大きな驚きを呼ぶものであったと同時に、大変喜ばしい事でもあった。
今まで魔術を行使するどころか、その魔力すら呪いに掻き消され探知出来ないほどであったのだから。
(あの人が言ってた魔力………多分、僕の中にあるあの星の光だ。それに、あの時の怒りは………)
少女の記憶を見たといっても、それはあくまでも本の中の出来事のようで、彼自身が実感を持ってそれを受け継いだわけではない。しかし、あの時沸き上がった殺意にも似た怒りは、明らかに自らの感情の範疇を超えていた。
それが、家族を想う少女のものであったというのは、今その肉体を得た彼女だからこそ理解することが出来た。そんな風に昨日のことを思い出して物思いに耽る中で、不意に部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします」
一礼と共に部屋に入ってきたのはティアネだった。
「ティアネ?どうしたの?僕は今のところ大丈夫だけど………」
「旦那様から、お嬢様がご自身で立つことが出来るようにと、私がお手伝いを任されました。恐らく呪いは解けておりますでしょうし、外を見たいと仰っていましたから」
「そっか」
アウラは小さく笑みを浮かべる。純粋に自分で動く許可が出たと言うことを喜んでの笑みだったが、今までアウラの笑顔どころか無表情、または苦悶の表情しか見てこなかったティアネにはそれだけで涙腺が崩壊しそうなほどであった。
「それじゃあ、立ってみるからそこにいてくれる?危なかったら支えてほしい」
「かしこまりました」
ティアネは不安げに、アウラの少しの危険も見逃さないと言わんばかりにジッと彼女を見つめる。
「よい、しょっと………」
「っ、お嬢、様…………!!」
アウラは難なく立ち上がる。実際のところは思っていた通りに体が動くわけではなく、恐らく走るなどの激しい運動は不可能だろうとアウラ自身は直感していた。
それでも、ティアネにはやはりアウラが自ら立つことが出来たと言うだけで、先ほどの涙を堪えられなくなったのだろう。
「………うん、大丈夫みたい。見てくれててありがとう」
「いえ…………いえ!私は本当に………本当に嬉しゅうございます……!!」
アウラが自ら立てるようになってからは、恐らく今までの彼女を知るものにとっては目覚ましい変化であっただろう。胃が縮小しているため沢山というわけにはいかないが、それでも今までに比べればちゃんと食事を取るようになり、表情も人並みに見せるようになった。
あれだけ痩せこけて、男か女かの判別もつかないほどであった体も少しずつ肉付きが良くなって、小柄であるのは変わらずも、本来の端正な顔がよく分かるようになっていた。
「はぁ………やっとこの体には慣れてきたけど………」
部屋のベッドで夜空を眺めながら呟く。体を洗う際には罪悪感が、そして飾り気のなかったパジャマから貴族らしく装飾のある可愛らしい服を着るようになったことへの羞恥心があった。やはり大きな変化に悩みが生まれることは当然であり、未だに彼女の人生を自分が謳歌してしまっていることの負い目すら感じていた。
既にここに来て数週間。変化が多くあまり余裕がなかったが、改めて見上げた星空はやはり美しく、どうしてもそれをまた近くで見たいと思ってしまった。
「………ちょっとくらいなら、いいよね」
あの日のように窓を開け、こっそりと庭に出る。澄み渡った夜空の星々は現代よりも明るい光を放ち、彼女はただそれを見渡す。どこまでも純粋なその瞳には、ただ無数の光のみが映っていた。
そして、またあの日のように手を伸ばす。何故かと問われても具体的な理由はなく、強いて言えばそうすることで届くような気がした、と言うだろう。
「………」
その時、アウラの胸の中心から少しずつ光が放たれる。空に浮かぶ星々に呼応するようなその光を、ぎゅっと掴む。暖かく、安心感を与えてくれるその光。
「やっぱり………」
【呪い】は少女の死とともに消えていた。宿主を失った寄生虫は、その運命を共にするからだ。しかし、蝕まれた体は元に戻ることはない。
結局のところ、転生したところで先が長くないのは変わらなかったのだ。だからこそ、少女は負い目を感じてもいた。けれど、星はそんな少女に奇跡を授けたのだろう。
その光に触れていると、さっきまでの悩みの答えなど単純なことであることに気づいた。もしかすれば、この光が教えてくれたのかもしれない。
(僕は生きると決めたんだ。なら、何者かなんて決まってる)
自分がどのような存在であれ、アウラはアウラとして生きることしかできず、それを互いに受け入れたからこそここにいるのだから。
(そうだね………全部、受け入れて進むと決めたなら)
彼女の青い瞳が微かに光を放ち、同時に胸に灯っていた光が弾ける。光の粒子は彼女の周りに漂い、星々のように輝いた。それだけでなく、夜空に見える星々すらも強い光を纏ったように思える。
夜空に見定められた少女は答えを得た。一層強くなった星々の輝きは、祝福するようであって。その時、右目を覆う包帯の奥に薄らと青い光が灯っていた。
「見ていてよ。きっと、届けて見せるから」
空を見上げ、誰かに語り掛ける。ここから、彼女は始まったのだ。いずれ【星海の魔術師】として語られる、アウラ・アルファーネの物語が。