46話
突如として広がった星空の世界。何よりも美しく、奇跡を宿した星々の庭。本物の夜の世界が全てを招き、白竜はその輝きを生気のない瞳に映して呟いた。
「そうか。やはりお前が………」
その呟きに、彼女は何も答えない。代わりにアウラの輝く瞳が【呪い】を見据え、それに呼応するように夜空の星々が眩い光を放っていく。
「"星の光を導こう"」
直後にまた彼女らを襲おうとした【呪い】を襲ったのは、眩い極光を纏って雨のように降り注ぐ流星の群れ。
降り注いでは湖に光の粒子を残すそれは美しくも、躱すことも出来ないほどの速度と数でこの満点の星空から降り注いでいた。
そうして数で圧倒していた【呪い】は、それ以上の数の光によって一瞬にして打ち砕かれていく。【呪い】の放出は殲滅速度に追い付かなくなり、放たれた瞬間からその身を散らす個体まで現れる。
加速度的に穴は小さくなり、そしてついには全ての個体が放出直後に撃ち抜かれ………
「"星々の声を、形に"」
彼女の手のひらの上に光の玉が現れ、直後に輝かしい光の波動を放つ。それは大穴をも飲み込み、その漆黒すらも照らすかのようにその形を崩していき、やがて完全に崩壊する。
美しい星光の止んだ後、そこには静寂の星の庭が広がっていた。
「…………」
アウラは無言のまま歩き出す。この永遠の夜に残るのは、無数の星と少女、そして朽ちゆく白竜だけであった。
湖には光の粒子が散りばめられ、彼女の一歩で生まれる波紋に流れて揺らめいていく。そして、アウラがくるりと振り返ると、その動きに合わせるかのように湖から光の粒が舞う。そして、彼女は優しく微笑んで白竜に向き直った。
「………死してなおも、崇高なあなたの心に敬意と感謝を。そして、今度こそ安らかな眠りがあなたを導くことを願うよ」
「………【星】の言葉であるか」
「ボク自身の言葉でもあるよ。あなたは深い慈愛を持って、あの子の未来を照らした。その在り方は、凄く眩しいものだから」
「そうか………」
白竜はその言葉を聞き、湖の中心で力が抜けたかのように首を下げる。瞳を閉じた白竜を見て、アウラはそっと安堵の息を付いた。
「………代弁者よ」
「なに?」
「お前に、頼みがある」
そう言われ、「やっぱりまだ未練があったんだね」と苦笑するアウラ。しかし、すぐに表情は真剣なものへと変わり、白竜を見据えた。
「あの子を………ファルテシアを、お前に頼みたい」
「ファルテシアを?」
「先ほどはあぁ言ったが、人間とは1人で生きていくことは出来ぬ。故に、お前があの子の手を引いてあげてほしいのだ」
「………その役目は、ボクでいいの?」
共に戦った身とはいえ、それでも初対面であるのには変わりなく、お互いを知るにはあまりにも短い時間。自らの全てを懸けて愛した子を、自分に託してもいいのかとアウラは白竜に問う。
だが、それは竜にとっては愚問であった。永い時を生きた竜ならば、人間など一目見ただけでその本質を見抜くことが出来る。目の前の『星の娘』は――――
「お前は………この世界の不条理をいつか変えてくれる光だと、この宙を見て確信した。お前のもとであれば、あの子が道に迷うことはないだろう」
道を照らす導となる者ならば、彼女の光の下は決して何にも脅かされない。そんな想いから来た最期の願いまで、あの娘のためであった。そのどこまでも気高い精神に敬意を抱きつつ、笑みを浮かべてアウラは胸に手を当てて頷きを返す。
「その願い、確かに聞き受けたよ」
「感謝する、代弁者よ…………ならば、私からも願いの代価を支払わなければなるまい」
「代価?ううん、ボクは別に………」
「いいや。施しとは一方的なものであってはならない。私の全てを与えたあの子の成長が、私にとって掛け替えのない時間であったように、あらゆるものには代価が必要だ」
「…………そう。あなたがそう考えるのなら、ボクはそれを尊重するよ」
もはや肉体の殆どが白骨化した白竜に、アウラはもう一度頷く。残された時間は数分とないだろう。白竜は動かぬまま、そっと瞳を開く。
「"我、この星々に誓う。魂は天へと還り、永遠の眠りを受け入れる。ならば我が器を、汝らに捧げよう。この器に其の意志を宿し、さすれば汝らが愛した『星の子』を守る盾とならん"」
「っ………!?」
アウラの瞳が大きく見開かれる。今紡がれた詠唱がどのような意味を持つかは、彼女が『星の魔術師』である以上はすぐに分かった。
だが、それは本当の意味での安寧を手放したことを意味するのだ。
「………本当にいいの?今ならまだ、ボクの言葉で取り消せる。いくら代価とは言っても、そこまでする必要はないんだよ」
その誓約は、自らの肉体を星々の意志の器として差し出し、『星の遣い』として生まれ変わって永久に使役されることを受け入れるという事であった。
いくら魂が眠りについた後の空の肉体とは言え、出来る事ならば白竜の肉体は埋葬し、土へと還すつもりであったアウラは様々な感情が織り交ざってそう問いかけていた。
「先ほど言ったはずだ。お前は、この世界を変える光であると。故にお前を守ることは即ち、あの子の未来を守ることにも繋がると考えただけだ。それに、お前は誰かが付いていなければ危ういようだからな」
「………一言余計だよ。というか、それ代価って言いながら、最初からあの子のためにそうするつもりだったでしょう」
「ふっ。それが親というものだ。それと、この事はあの子には伝えないで欲しい。死した者が彼女の憂いとなることがないようにな………さて、時が来たようだ。代弁者よ、最期に安らかな眠りを与えてくれたことに感謝する」
「もう………うん。どういたしまして」
アウラは困ったような声を溢しつつも、すぐに笑みを浮かべて頷いた。そうして、ついに青い炎は竜の肉体を全て燃やし尽くし、そこには巨大な竜の骨のみが遺された。結局、最後の最後まであの娘を、遠くから守ることを選んだ白竜。その最期を見届けて、アウラはため息を一つ溢す。
「………死んでもなお一方的に満足してから眠るなんて、やっぱりボクらの常識で測れる存在じゃないね」




