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45話

「え………?」


 目の前の出来事に理解が追い付かず、ただ目を見開いて彼女を遮ったそれを見る。一部が黒ずみ、朽ちかけているそれは彼女の記憶には一つしかない。

 息を呑んで振り返ると、先ほど彼女が火をつけた白竜の亡骸が首を上げ、焦点の合わない瞳でアウラを見ていたのだ。その生気の瞳を見て、彼女はすぐに何が起こったのかを理解する。


(アンデッド………!)


 それは、まだこの竜に何か現世への未練があったという事。こうして朽ちるまで放置された亡骸というのを知った時からそうなる可能性も考えていたし、そうならないためにも彼女には別れを告げさせて、こうして供養したつもりだったのだ。


「待って………!あの子は生きると決めた………!それでもまだ未練があると言うの………!?」


 群れを食い止めながらもアウラは竜に問いかける。生ける屍と言われるアンデッドだが、肉体として死んでいるという事実は覆ることがない。魂の衝動のままに動くそれは、生ける者にとっては決して善いものとは言えない。

 そして、何よりこの心優しい竜には安らかな眠りを与えてあげたい。明確な意思もなく現世を徘徊するなど、苦痛でしかないのだから。




「勘違いをしているようだな、『星の代弁者』よ」

「えっ………」


 記憶の中で聞いた声。竜は人間のような発声能力はないため、その言葉は魔術によるテレパシー。つまり………


(死んでなお、理性を保ってるっていうの………!?)


 その瞳には依然として生気がなく、青い炎に身を焼かれつつある肉体は決して生きていない。だが、永い時を生きた竜の強靭な精神は、死ですらもそれを奪うことは出来なかった。

 あらゆる生物に平等であるはずの死ですら、目の前の竜にとっては永い時間の中で踏み越えてきた現象の一つに過ぎなかったのだ。


「私は、あの子の行く末を案じてなどいない。短い時間だったが、生きていくに足る物は全て与えた………私の死を乗り越え前に進むと言った今、巣立つ子を追う親がいるものか」

「なら、なんで………」

「決まっている。この大地で最も偉大なる種族として………あの子の親として、この者共に鉄槌を下さねば気が済まぬのだ!!」


 怒号の直後、身を焦がす青い炎を喰らった白竜は喉奥に青白い光を灯し、そしてその巨体がやや後退するほどの勢いで蒼炎の息吹を発射したのだ。

 天を射抜き、雲をも巻き込んで全てを焼き払うそれは一瞬にして【呪い】の群れを焼き尽くし、薙ぎ払う。死してなおも『最強種族』としての威厳は衰えることを知らなかった。


「………っ」


 その光景を見て呆気にとられたのも束の間、再び彼女の瞳が未来を映し出し、今度はそれを悟られぬようギリギリまで引き付けて反撃する。

 依然として夜空の裂け目も攻撃を続け、穴も確かに少しずつ縮んでいるが、その勢いが衰えるようなことは一切ない。長期戦になれば人は疲労しパフォーマンスは落ちてくるし、アウラは特に体力がない。昔ほどではないとはいえ、このまま総力戦に付き合い続ければ、どうなるかは明白であった。


(それに、この白竜も………)


 青い炎に包まれていく白竜の体。その巨体を活かして迫る者たちを次々と打ち砕いていくが、弔いの炎がその身を燃やし尽くすまでが残された時間となるだろう。簡単な戦いではないと思っていたが、こうも自分の苦手な戦いを強いられるとは予想していなかった。


「代弁者よ、何故お前はその内に宿るそらを解放しない」

「………なんであなたがそれを知ってるかはともかく、まだこの世界とボクの夜の繋ぎ方を身に付けれてない………!」

「繋ぐ?………短き人の感覚では、そのような認識に至るか」

「それはどういう………"天の(アストラル)(・レイ)"!」


 再び迫ってきた個体を撃ち落とし、もう一度竜に視線を向ける。すると、白竜は焦点の合わない瞳で彼女を見据え、その問いに答えるのだ。


「繋ぐのではない。お前のそらはそこにあるのだ。お前が星を見上げるように、世界もまたそこにある。見る視点を変えよ。その琥珀の瞳は、何のために授かった」

「そこにある………」


 瘴気の晴れた空。アウラはまだ微かに星の光が残る青みだした空を見上げた。彼女の夜は常に彼女を見守り、その声に応える。見上げれば広がる空のように、それは彼女の傍にある。

 つまり、繋ぐのではない。映し出すのだ。その景色をパレットに描くように、形にしてしまえばいい。彼女の中で掴めなかったはずの感覚が、今は驚くほどに受け入れることが出来た。

 その黄金の瞳が、また強く輝きを放つ。


「"あの夜を。私の夜を世界に示す。数多の奇跡を秘めた星の庭。今、この瞳に映る全てを描き出そう"」


 その詩の直後、一瞬の暗闇が全てを包み込んだ。だが次の瞬間に広がったのは、何もない一面の湖。そして、何にも阻まれることのない奇跡の夜空であった。





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