43話
「………大丈夫?」
一瞬の怯えを押し殺し、アウラは先ほどと同じ問いを少女へと向ける。白いボロボロの服に、瘦せぎすで小柄な体。昔の自分を見ているようで、アウラの中に沸々と黒い感情が沸き立つような気がした。
そっと少女の傍に腰を下ろし、少女の無事を確かめるために手を伸ばす。だがその直後、少女はアウラの手を弱々しく振り払った。
「………触らないで、ください」
そんな恐怖と拒絶の織り交ざった震えた声に、アウラは咄嗟に声が出なかった。それだけで、この少女がどのような境遇にあったのかを理解してしまったからだ。
それでも、ここで何が起こったのかを知るとすればこの少女しかいない。この瘴気の中で生きれているのが、ただの偶然であるはずがないのだから。
「………ごめんね」
アウラは自らの手を振り払った少女の手をしっかりと握る。少女の息を呑む声が聞こえたが、それでも離してしまわぬように。
「"星の言葉。永劫の歳月、我らの識る世界を瞳に映す"」
アウラの右目が光を放ち、映し出されたのは少女の過去。褒められるべきことではないとも思っているし、この術を編み出した事をアルベールに伝えた際も、取り扱いには注意するようにと忠告をされていた。それでも、今は必要な時だ。
『この【呪い子】め………!』
『――――!!』
そして、最初から分かっていた。【呪い】を持って生まれた子は、本来その存在すら認められず、闇に葬られ忘れ去られる者のほうが圧倒的に多いのだと。
この少女もまたその一人であった。小さな村に生まれ、【呪い】を宿した少女は生まれながらに虐げられ、狭い小屋に閉じ込められたのだ。生まれながらに声を出せず、まともな食事もなく、更には意味もなく暴力を振るわれる。
それでも少女はそんな扱いに耐え忍んだ末に、人里離れた森に捨てられてしまった。【呪い】と暴力によって衰弱していた少女の命運は、そこで尽きるはずだったのだ。
『………【忌みもの】を宿した人の子よ。その境遇にあってなお、お前は生きたいと願うのか?』
"それ"が、少女を見つけるまでは。その小さな体に耐えがたい仕打ちを受けた末に捨てられ、それでも生き延びたいと願った少女を見つけたのは、年老いた白竜であった。
それが慈悲だったのか、気まぐれだったのかは分からない。それでも白竜は幼い少女を助け、育てることに決めたのだ。だがきっかけが何にせよ、少女を育てた数年………永い時を生きた白竜からすれば、刹那と言ってもいいその時間で、白竜は少女に慈しみを抱いていた。
『………お前を、救えぬ。その体を蝕むそれを、私は酷く………憎く思う』
居場所と食事を与えた。知恵を与えた。言葉を教え、愛を与えた。それでも少女は日に日に【呪い】に蝕まれ、弱っていく一方だった。少女が長くは生きられない事を互いに悟りつつ、少女は既に満足していたのだ。
こんな自分を愛してくれた存在がいたことに。死する運命が怖くないわけではなかったが、それでも意味もなく死んでいくよりは、ずっと良かったと。
『何で………!』
『お前には、まだ未来がある………故にお前は………生きなさい………』
だが、白竜はそれを良しとしなかった。少女に巣くう【呪い】の種を、白竜は自身に移したのだ。そして、呪いの残滓を宿す少女に【竜の祝福】を与えた。
それによって少女は膨大な魔力と声を手に入れたが、代わりに年老いた白竜はその命を急速にすり減らしてしまった。それでも愛する小さな命を、看取りたくはなかったのだ。
『ここを離れ………いつか………お前の、幸福を………』
断片的な記憶を見て、アウラは小さく息を吐く。この幼い少女がどれ程の絶望を感じたのかは、彼女にしか分からない。だから既に少女にしてあげられることはなく、アウラはただ少女をそっと抱きしめた。
「っ………」
「ごめん。何もできなくて」
「………ぐす、あ、う………あぁ………!」
少女は堪えていたものが爆発したかのように、大きな声で泣き始めた。アウラはただ、それを抱きしめ受け止める以外に何も出来ないのだ。
もっと早く気付けていれば。何かが違えば。そんな"もしも"の話をしても何の意味もなく、全てが手遅れになった後で差し伸べる自らの手は、あまりにも無力に思えた。
長く抱えた悲しみや寂しさを、十分ほどかけて流し終えた少女。それを見たアウラは、少女にとって酷なのは分かっていても、やるべきことがあった。
「………君を育てた白竜は、どこ?」
「っ………どう、して」
「ごめんね。覗き見るような事をして………でも君をここまで育て、助けてくれた心優しい竜がこんな風になってるのは、凄く悲しい事だと思う」
「………はい」
「じゃあ、ボクと一緒に弔ってあげよう?ちゃんとお礼とお別れを言わないと、あの竜も安心して眠れないと思う」
「………」
少女はこくりと頷き、そうして手を繋いだまま2人は立ち上がる。寿命を迎えそうになっていたほど永い時を生きた竜だ。その身に宿す魔力は普通の生物とは比べ物にならず、弔われることもなく腐り始めた竜の骸はこうして瘴気を生み出す原因となってしまったのだ。
「お姉さんは………誰ですか?」
「アウラだよ。君は?」
「………ファルテシア、です」
「あの竜が付けてくれた名前?」
「………はい」
竜と出会うまで、名前すらなかった。その事実に胸の痛みを感じるが、今はそれよりもやるべきことがあった。2人が深紅の花畑を進み続けていると、やがて大きな影が見えてくる。同時に漂う微かな腐敗臭と【呪い】の気配に、アウラの表情を曇らせた。
白く雄大であった巨体は既に所々が黒く変色し、崩れつつあった。ファルテシアはその姿を見て目の端に涙を溜めたが、必死に堪えようとしている様子だった。
「………ちゃんとお別れをしよう。辛いだろうけど、あの竜は君が生きてくれることを願っていたから………君の気持ちを伝えて、安心させてあげよう」
「………はい」




