42話
アウラは一人、彼女を止めたケインを拘束したまま瘴気が立ち込め枝葉も枯れた森へと足を踏み入れた。この話を聞けば、あの日の兄と同じように両親から叱られるだろうとは分かっていた。それだけではなく………
(ケイン、ごめんね。心配してくれてるのは分かってる。でも、きっとあなたはボクに付いてきたと思うから)
そして彼女の目の前で瘴気に侵されながら、自らの命を以って彼はアウラを止めただろう。それを分かっていたからこそ、彼をあそこに置いてきたのだ。
先ほどの彼の言葉に悪意があったわけではないことも理解していたし、だからこそ本気で彼に憤りを覚えたわけでもない。
そして、人々が彼女の行動を"正しくない"と評することも分かっている。それでも、この瘴気が広がり続けた先で待つ【最悪の未来】を現実にしてはならないと思ったのだ。
(………このままじゃ、この瘴気はニルヴァーナどころか周囲の領地まで巻き込むほどに成長する。そんな未来、絶対に変えなきゃ)
成長と共に見える範囲も広がった"星詠みの瞳"。断片的に見えた未来はこの瘴気が街を覆い、山を越え、無数の人々が苦しみ息絶える。この王国の歴史に刻まれるほどの災害となる光景だった。
宮廷魔術師の派遣を待っていては遅いのだ。だからこそ、彼女は自らがやらなければならないと覚悟した。
「………こんなところまで聞こえる」
遠くの方から、彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。慟哭のようなそれは、彼女の事を案ずる心からの叫びだった。
それに申し訳ないと思いつつ、彼女は歩を進める。これだけの濃度の瘴気の中、生き残れる生物は多くない。
「………"星紋"」
ただし、例外も存在する。藪の中から飛び出してきた3匹の狼のモンスターが彼女に飛び掛かった。
その瞳は赤く発光し、口からは涎を垂らして正気とは思えなかったが、瞬時に裂け目から放った流星の光が眉間に直撃し意識を奪う。
「…………ごめんね」
中途半端に魔力を持っていたり、偶然魔力適応体質を持っていたモンスターは瘴気の中でも生き残る個体が存在することがあった。どちらにせよ、凶暴化して寿命を大きく磨り減らしてしまうのだが。
倒れたモンスターに歩み寄り、結界で周囲の魔力から隔離しようとしたアウラだったが、既に3匹とも息絶えていた。
「…………」
加減を間違えたわけではないと断言する。既に彼らに残された生命力を見誤ったと言う意味であればその限りではないが、どちらにせよ、彼らは長くはない命であったのだろう。
(………気持ち悪い)
じわじわと生命を蝕むそれが、自らの境遇と重なった。この悪趣味な災厄を一刻も早く収めなければと改めて心に誓う。再び歩きだしながら、アウラは考える。
(この規模の瘴気が発生するとしたら、地下に眠ってた龍脈が掘り当てられたか、膨大な魔力を持ったモンスターの亡骸が腐って魔力を放出したかのどちらかだ)
しかし、龍脈はかなり貴重な資源となり、大体は調査の末に発掘されて厳重な管理をされていることが多いため、このアルファーネ領で龍脈があるとは考えづらい。ならば―――
(………この先に、何がいたの?)
朽ちた葉が落ちて、それを踏みつける度に乾いた音が周囲に響く。アウラが命の果てた森を進み続けていると、やがて開けた場所へと出た。
「これは………」
アウラが周囲を見渡す。そこには紫から青く染まった瘴気と、辺り一面に咲き誇る真っ赤な花畑があったのだ。
(瘴気は赤から紫、そして青になるにつれて濃度が高くなる。ここはもう………)
アウラは一歩足を踏み入れる。膨大な魔力を持つ彼女でさえ少し息苦しいと感じるのだから、その濃度は常軌を逸していた。
そんな中で咲き誇るこの花達のことが不思議ではあるが、これが原因ではないと言うのは瘴気の流れからして明らかだった。もっと奥から………
「え?」
アウラの歩みが止まり、目を見開く。そんなはずはない、と思いつつも幻覚ではないのは確信があった。
しかし、それでも彼女は心の中で何度も自分を疑う。
この瘴気の中、花畑で膝を抱える幼い茶髪をした少女がいるなど、誰が信じれようか。
しかし、目の前に事実としてある以上は受け入れなければならない。アウラは驚きつつもその少女へと駆け寄り、声を掛けた。
「………大丈夫?どうしてこんな―――っ!?」
しかし、その足はまたも止まる。そして目を見開き、怯えるように胸をぎゅっと抑えた。
彼女の身を怯ませた、邪悪で吐き気を催すような黒き気配。鼓動が加速し、命そのものが警鐘を鳴らす。
しかし、その気配を彼女はよく知っていた。
(【呪い】………!)




